眩しい光を感じて瞼を開く。
目の前に在る、穏やかな寝息を立てる男は俺のルームメイトだ。



痴話喧嘩なら余所でやって



俺と佐助は幼馴染みで親友だ。
家族ぐるみでも仲良く、両家族まとまって旅行に行ったことも少なくない。
母ちゃんとおばちゃんも親友で、父ちゃんとおじさんは職場まで一緒。
鼬兄ちゃんは俺達と5つ歳が離れているが、心根が優しい人だ。

大学の進路について相談をしたのだが俺の成績に呆れながらも応援してくれた。

そのこともあって兄ちゃんに家庭教師を頼んでいたのだが、当日何故か菓子を持った佐助までいた。
佐助は推薦で既に合格していたので、暇で仕方が無かったようだ。
俺が珍回答を出す度に、人のベッドの上で腹を抱えて笑ってた。
兄ちゃんの肩もガタガタ震えていて、あの時はマジで2人のこと嫌いになりそうだった。
佐助は俺のことが心配で、家でああだこうだ言っていたから連れてきた、と後に兄ちゃんが耳打ちしてくれた。

兄ちゃんの解りやすく丁寧な解説と、佐助の差し入れのお陰でなんとか合格することができた。
実は俺の狙っていた大学と佐助の行くところは同じで。
それを知った佐助は悪態を付きながらも喜んでくれた。
長い付き合い故、どんなに態度を装っても分かってしまうものなんだ。

心配性な母ちゃんの提案で、俺達はルームシェアをすることになった。

よって現在共に暮らしているのだが。
日に日に佐助の新たな顔が露となり、とても楽しく生活している。

きっちりとした性格とは裏腹に、実は生活能力が皆無であったり、寝起きはとてつもなく低血圧で機嫌が極悪だったり。
佐助の寝起きは一言で言うと予測不能だ。
この間は目を開けたと思ったら、俺に頭突きする勢いで鳩尾に頭をぐりぐりと当ててきた。

今日も夜に用を済ませ、寝惚けて俺のベッドに入ってしまったのだろう。
最初の内は驚きを隠すことが出来なかったが、こう何度も続くと慣れてしまった。

相変わらず綺麗な顔してやがる、とやや見惚れながらも佐助の身体を揺する。

「佐助!起きろってば!」

今日は共に大和先生の授業を1時限目に入れている。
大和先生の説教は最早トラウマの域に達する、そう情報通の牙に聞いてから絶対に目を付けられないようにしているのだ。
まさか仲良く遅刻なんてしたくない。

揺する力を強くすると、ようやく黒曜の瞳が覗く。
のろのろと起き上がると、佐助は人の顔を見て盛大に吹き出しやがった。

「爆弾でも落ちたのか?ひでー寝癖だな」

今日は珍しく血圧が安定しているようだ。

「そっくりそのままお返しするってばよ」

ひとしきり貶し合うと、佐助が聞いてきた。

「で、今何時なんだ?」
「あーそういえば何時だろ?」

そうして見た目覚まし時計に己の目を疑った。
8時半を少し過ぎたところを示していたのだ。
いつもならもう家を出ている時間だ。

目覚まし時計を見た瞬間、2人は揃って浴室に向かった。

「おい佐助ぇ!退けよそこ!」
「てめえが退け!邪魔だ!」

今日の俺はついているようだ。
佐助を浴室から閉め出し、勝負に敗れた佐助は洗面台を使って髪を洗っていた。
お互い寝癖が酷すぎて、洗う勢いで濡らさなければ整わない。
一足早く髪を押さえつけることに成功した俺は、洗面台で四苦八苦している男を見て唖然とした。

足元と壁がべちょべちょに濡れているのだ。

「うわ、汚なっ!後でちゃんと拭いとけよ!」
「んな時間あるかよ!気づいたお前が拭け!」
「俺だって忙しいんだよ!髪洗いながらやれってば!」
「無理に決まってんだろ!」

言いながらドライヤーで髪を乾かす俺に、つかつかと近寄り。
俺と背中合わせになってきた。
そしてドライヤーを奪い取られ、温風を共有するように当てられる。
佐助の低めの体温を背中に感じながら、髪を乾かすためにと手を動かす。

2人の顔から、なんとなく笑みが零れた。

その後、突っかかりながらも服を着て急いで大学へ向かう。

学内を早歩きしながら隣の男に話す。

「つか何でアラーム鳴らなかったんだろ?壊れたのかな?」
「てめえが設定してなかっただけだろうが」
「はぁ?俺やったってば!」

徐々に大きさの増す2人の会話。

「どうだかな…昨日酔っ払ってただろう、忘れて寝たんじゃねーのか?」
「元はといえばお前が昨日ジンなんて強い酒買ってきたのが悪いってばよ!」

俺は翌日の1時限目に講義が入っている時は、出来るだけ酒を飲まないようにしているのだ。
悲惨な目に合うのが明白だからだ。
それを知っていてこの男、ジンというアルコール度数の高い酒を購入してきたのだ。
嫌がらせ以外の何物でもない。

「いいじゃねぇか、鳴門と飲みたかったんだよ」

そう叫ぶように言い放ち、やや照れ臭そうな表情を浮かべる佐助。
この無表情男の小さな機敏を無駄に感知して、これ以上文句を言うことが出来なくなってしまった。

教室に着いたころには、既に授業の半分は終わっていて。

授業後、仲良く揃って大和先生にこってりと絞られる2人が目撃されたそうだ。

またその日、2人の会話を聞いた者により、2人はできているのではないかという噂が広がってしまったのを、彼らが知るのはもう少し後の話。