一年に一度だけ、無性に食べたくなるものはないだろうか。
常は口にすることはもちろん、目にすることも苦手としているのにだ。



マイラブストラックスイーツ



俺は甘味が元から好きではない。
遠い昔、兄のお気に入りであるみたらし団子を口一杯に含まされたことがあった。
兄によると好意からくる行いだったそうだが、正に大きなお世話。
お陰様でトラウマと化してしまったのだ。
その時から、俺の野望は鼬の口腔内に隙間なくミニトマトを入れることになった。
それから十数年、未だに達成されたことはないのだが。

因みに、キャベツでも同じことをさせられたのだがそれには至らなかった。

話を元に戻すと、兄の仕打ちにより俺は完全に甘味を口にする気を失った。
しかしある時から、その強固だった封印が解かれるようになった。
年に一度だけ来る、疲れが溜まりに溜まった瞬間である。
感覚全てが甘さを求めて、気が狂いそうになる。
脳内でケーキ主催、スイーツ出演の〇ロピカルパレードが勝手に開かれるのだ。

意識が戻ったときには、あんなに嫌いだった甘いものを食べていて。
驚くことに、知りもしなかった巨大パフェをがっついていたこともあった。

正気を取り戻すたび、口内に残る甘さに冷や汗が吹き出て吐き気を催す。

その時偶然居合わせた会社の同僚、春野サクラに知られ現在進行形で協力してもらっている。

協力と言っても仕事を肩代わりしてもらうなど出来るわけもなく(俺自身するつもりもない)スイーツや噂の店など、俺にとって有害の情報ばかり教えてくる。
嫌がらせのように思えてならないが、大の男が一人寂しく規格外の大きさのパフェを食べていた、などと噂を流されるより遥かにましである。

今日もどこそこの店のチーズケーキが美味しいだのと耳元で騒いでいた。
一体女というものは、どこからそんな情報を拾ってくるのか。
自身の机に戻っていく彼女を忌々しげに眺めた時、鼓動の強さが増した。

―――来た。
例の発作である。

最近は慣れてきたこともあり、俺なりに対策を練っていた。
理性が残っている間に甘味を取り込むことにしているのだ。
一口だけでも味わえば済むのだ、前のようにばかでかいパフェなど頼む必要はない。
あれは値段が張るのだ。
安い飴、もしくはコーヒーゼリーでも金銭的にも精神的にもやさしいものを買って食べよう。

今日とてそう思っていたのだが、先の一方的な会話に登場したチーズケーキが頭から離れず。
早々と仕事を終わらせ、ご丁寧にも桃色の彼女が置いていった手書きの地図を片手に、喫茶店『リーブズ』へと足を向けた。

「いらっしゃいませ」

店内に入ると共に、鼻腔に広がる甘い香り。
いつもそうだが、今の俺にとってもある意味地獄だ。
目の前の胡散臭い笑みを浮かべる男に眉を寄せながら言った。

「チーズケーキを一つ」

店員は先とは異なるそれを載せ、御意の言葉を述べた。

喫茶店などもちろん一人で来たこともなかったので、居心地悪く待っていると厨房の方が騒がしくなった。

「ナルト!あれ注文来たよ!」
「ホントか!聞いたか綱手のばーちゃん!」
「ああ、よかったな!ナルト」
「俺が持ってくわ!」
「…そう言うと思ったよ」
「客に失礼のないように気をつけろよ!」

分かってるってば!と馬鹿みたいにデカい声と共に、パティシエ姿の男が此方に近づいてきたのが視界の端に映った。

「ラブストラックチーズケーキでございますってばよ!」

特徴的な口調で小難しい名のチーズケーキとコーヒーを置く男。
丸聞こえだった厨房内の会話から察するに、この男がこれを作ったのだろう。
しかし正直俺は興味もくそも抱かなかったので、早速口に運んだ。

「うまいか?!」

味を理解する前に、ウザイという感情が渦巻いて目の前の男を睨み上げる。

そこには柔らかな光を纏った金と、深海のような二対の蒼玉。
俺の生まれた季節を全身で表した男がいた。

「これはチーズケーキをベースに苺の果肉とビターチョコを混ぜ込ませて、苺の香り豊かに仕上げたんだ!綱手のばあちゃんのお墨付きだし、何せ俺の自信作だから味の保証はできんだけど…」

矢継ぎ早に言い、彼の蒼がやや細められた時、口腔内に広かった甘酸っぱい味。

不思議と不快感は生まれて来ず。
すとんと心地よい熱をもって胸に落ち着くモノがあった。

「そんで、ラブストラックチーズケーキって名前の由来があってな!自来也っていうエロじじいがいるんだけど、そのエロ仙人が言うにはこのケーキの味がな」
「―――恋の味、か」

ぱちくり、と深海を覆う瞼が動く。
そして耳に転がる噴出音。

「、正解っ!恋に落ちる味、だからラブストラック!兄ちゃん面白いってばよ!」

はらいてー!と腹を抱えて笑う彼。
目には涙さえ浮かんでいる。
眩しい笑みと輝きの増した瞳に思わず見惚れていると、厨房の方でも笑いを堪えている雰囲気が漏れ出ていることに気づいた。

気恥ずかしさが込み上げてきて、残りのケーキをふた口で押し込み、コーヒーを一気飲みして店を飛び出す。

「また来いってばよー!!」

俺の背に声がかかる。
ちらりと後ろを向くと、店の外に出て手を振っている彼の姿があった。

「……やっぱ甘ぇ」

口の中に残る味に顔を顰めながら、俺はひた走った。
思えば、甘いものを一人で食べ切ることは今まで無かった。

「ナルト…か」

甘味の嫌いな俺が、ケーキよりも甘いモノを求めて店の常連になる日は、そう遠くない。