ある時は同盟を結んだ相手に主が殺された

ある時は主が私を下に見るあまり「彼」が怒って主を喰らってしまった

ある時は聖杯に一番近くまで行けた所で飽きて棄権した


何度呼ばれて何度戦って来たのか既に記憶は薄い。
人であった頃よりも記憶の劣化は早く、幾ら魔法で外部結晶に記憶を移しても忘れてしまう。
指の間からするすると落ちる砂の様に全て消えて行ってしまうのが怖くて、悲しくて。
いつか聖杯に届いた時は過去になってしまった大切な人達を思い出したい、忘れないようにしたいと願うつもりだった。
それだけは何があっても忘れられない。
何故か身に着けていなきゃいけないと思う白衣と共に、その願いは気が遠くなるほど長い間一緒にあった。


そしてまた、私は聖杯に呼ばれ装置の一部になる日が来た。
目深に被ったフードの向こう、華奢な少女の姿に少しだけ首を捻る。マスターにしては随分と若い上に魔力も薄い。
素質は十分ありそうだが未だあまり手を入れられていない原石と言ったところだろうか。
しかしこちらは召喚された身であり余計な詮索はしたくない。
常套句を口にしようとした私より、彼女の方が早かった。
「…猫市ちゃん?」
「…え?」
忘れていた、自分の名。
しかも私が一時期自分自身の名前を名乗れなかった時期の呼び名。
何故この子がと灯った疑問は直ぐに消えた。召喚された時代は平成。彼女はきっと、私を知っているのだ。
異世界に渡り、人間を辞めて魔法使いになる前の私を。
「猫市ちゃん、だよ、ね…?」
「…驚いた。私の名前を知っているんだね。なら話は早そうだ」
語りかける私の声が彼女の知っている「私」と同じだったのか、驚いた顔のまま彼女は立ち竦んでいる。
今の私に彼女の記憶はない。しかしきっと、何処かで出会っているのだろう。そう思うと愛おしささえこみ上げる。
「私はキャスター、召喚の儀によって参上した。真名は貴女が言った通りだよ、可愛らしいマスターさん」

今回の聖杯戦争は、少しだけ楽しそうだと内心高揚していた。

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