「愁夜先生、まだ夕哉先輩は」
「……」
私の問いかけに足を止めた愁夜先生は表情を曇らせ首を横に振る。
「…すみません」
「貴女の謝る事ではありません。心配してくださりありがとうございます」
俯いた私にかけられる言葉の中身は優しい物だったけれど、何処か事務的な発音をしていた。
頭を上げた先、どろっと色んな感情が混じった眼と視線がかち合って背筋にうすら寒い物が走った。









窓の外の空の青さが妙に綺麗で作り物めいて見える。
ぼんやりとシャーペンを持ったまま眺めていた所へ離席していた愁夜先生が戻ってきた。
「進みましたか」
「少しだけ…」
「この前の範囲は少し覚えることが多かったですからね。今日は憲法の要点だけでも覚えましょう」
「はぁい」
暫く先生からの説明を受けたのち小テストをして、補習が一段落した時先生が小さく手を打った。
「そう言えば良いものがありまして」
「…?なんですか?」
私が問えば先生は嬉しそうな顔のまま教材を入れていた黒い鞄の中から何かを取り出す。
取り出されたものは淡い色使いで店の名前がプリントされた袋。
「あ、駅前の新しい所ですね!まだ混んでて行った事ないんです」
「ええ、偶然手に入りまして…宜しければお一ついかがですか?」
先生が天使に見えた。
優しい笑顔を浮かべて包みを開き中身を見えるようにして私と先生の丁度間に置く。
中身は市松模様のフローズンクッキー。勉強で疲れた所で甘いものが出て来る補習なんて他にあるだろうか。
多分無いだろうと思いながらクッキーへ手を伸ばす。
いただきますと言った私の言葉は教室の扉が開く音に遮られた。
「失礼致します。藤崎先生は居られますかな」
「……どうかしましたか?」
現れた黒づくめの姿にあからさまに愁夜先生の表情が陰り思わずクッキーを触れていた手をひっこめた。
突然現れた久楼先生は愁夜先生の奥に座る私を一瞥した後視線を愁夜先生に戻した。
「学園長から緊急の会議をするので職員室に集まる様申しつけが出ました故、その旨をお伝えしに」
「会議…ですか?…わかりました。では猫市さん、そのクッキーは差し上げますので食べてくださいね」
「あ、ありがとうございます!」
なんとも渋い顔をした後緩く私に笑みを向けて、先生は広げていた教材を片付けて出て行った。
久楼先生とすれ違う時、何やら耳打ちしていたけれど内容まで聞こえなかった。私は目の前に残されたクッキーに視線を戻す。
食べてねって言ってたし、良いよね。
再度手を伸ばした私の手は空振りして机を弱くたたく。
「あにゃっ」
「…キシッ」
いつの間にか傍に来ていた久楼先生にクッキーを袋ごと取られていた。
流石に憤慨して久楼先生に抗議の声を上げる。
「先生酷い!!私が貰ったのに!」
「必要以上の間食の保持は学校規則に違反するのであります」
「そんなのへりくつー!!」
私の講義をもろともせず先生はニタニタ笑ったまま袋の口を閉じると懐へ入れてしまう。
私は脱力感に苛まれて机に突っ伏して唸った。
全部持っていくなんて。一枚くらい食べてもいいじゃないかなんて思っていた。
「違和感を感じはしませんか?」
「…へ?」
唐突に言われた言葉に顔を上げれば久楼先生はニタニタ笑いのない真顔に戻っていた。
じっとこちらを見る目に何となく緊張して体を起こすと久楼先生は再び口を開く。
「……黄泉戸喫という言葉をくれぐれもお忘れににならぬよう」
「よもつ…へぐい?」
何とも不思議な言葉を残して久楼先生は教室から出て行った。
数度復唱しても意味が全然わからなかったので後で調べてみよう、なんて暢気なことを思っていた。









肌寒さに目が覚めて怠い体を起こした。
薄暗くなった教室内で私はノートを出したまま顔を伏せて眠っていたようだ。
ペンの跡が残った頬を擦り大きく欠伸をしていたら教室に人が入ってきて慌てて口を閉じて取り繕う。
入ってきたのは既に帰宅用意を済ませたカルラちゃんだった。
「あ、猫市ちゃんおはよう」
「おはよー…私何時の間に寝てたの」
「さあ…自主学習するんだー!って意気込んでたよね?」
私の質問に質問で返されてしまって一瞬混乱したけれど、手元の何やら書きかけの公式やら用語の説明を見るとどうやらそうらしい。
しかし1ページ以上進んでいない現状を見ると、始めて最初の方で眠ったらしい。
「……あ、あんまりできなかったみたいデス」
「病み上がりだもの、しょうがないよ…それより帰ろ?」
カルラちゃんに促されて帰る準備に取り掛かる。鞄を持ち上げた所で違和感を感じて動きを止めた。
何か大切なことを忘れているような気がしたけど、下校を促すアナウンスに思考は乱されて思い出せなかった。










三回目 今日も彼女は食べませんでした。





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