【影】物体や人などが、光の進行を遮る結果、壁や地面にできる暗い領域。影像。死の象徴。


少女にとりついた異形の名前でもあった。


 神を宿す少女、花乃は自分の勝利を確信していた。
永遠の闇を宿した猫市はその闇を使いこなしてはいない。その影は猫市へ執着している。
ならば猫市ごと言い包めてしまえば…思ったよりも事は簡単に進みそうだった。
猫市は今、図書委員仕事で図書室にいる。それも、一人で。
こんなチャンスを逃してはいけない。花乃は勉強道具一式を入れた鞄を肩に下げながら足早に廊下を歩く。
「ヘイお嬢さん」
「……」
 隣をすれ違った男子生徒が花乃に声をかける。鬱陶しいという表情を噛み砕き、微笑んで花乃は声の方へ体を向ける。
「何か御用ですか?」
「いけないな。君は今してはいけない事をしようとしている」
「…何の話でしょうか」
 白銀の髪に透き通るような碧眼。口元は薄く笑っていた。肝心なところを言わぬ相手に花乃の苛立ちが濃くなる。
「今急いでいるので、何もなければ私はこれで――…」
「影ちゃんを手先にしようとしてるんでしょ?やめた方が良いよ」
 影ちゃん。今まさしく花乃が会いに行こうとした猫市の影に潜む異形のめい愛称が相手の口から漏れ、花乃は微かに目を見開く。
その様子に男子生徒は笑みを深くした。花乃の中で男子生徒に対して警鐘が鳴る。
「…貴方は何者ですか」
「ただの親切な先輩だよ。…アレを甘く見ない方がいい。コントロールして操ろうとかね」
「何が言いたい」
 草木も凍りつく様な冷たい花乃の声を聞いても、男子生徒の薄い笑みは消えない。
肩を竦めて小さくため息をついただけだ。
「あの子は猫市ちゃんのいう事しか聞かないし…万が一少しでもあの子に危害が出るなら、迷わず対象を食いつくす。アレに交渉する手なんてないんだよ」
「…まるで見た様な言い方ですね」
「私は一度影ちゃんに殺されたからね」
 男子生徒の瞳の奥で金色の光が瞬くのを花乃は見た。それが何を意味するのかはわからなかったが。
「と言う訳で、危ない事はしない方が良いよって言いたかっただけ。あとはご勝手に」
 臨戦態勢に入った花乃に背を向け、男子生徒は廊下を進む。もはや花乃に意識は向けていない。
植物の種を左手の内側に握りしめていた花乃は種をスカートのポケットにしまい、図書室へ足を向けた。
歩き出すまでに刹那の迷いが生じる。
「…馬鹿馬鹿しい」
 あの男子生徒が誰かは知らないが、私には影を操る自信がある。
全ては負の連鎖へクラスを導こうとする皇を殺すため、もう一度あのクラスのトップに君臨するため。
例え危ない賭けだとしても、花乃は後戻りする事は出来なかった。
開館中のプレートの下がった図書室の扉。花乃の手が図書室の扉を…全ての終わりと始まりに繋がる扉を開いた。


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