射的


 ガヤガヤと賑わう祭囃子を背景に、鬼に妖怪、亡者と実に多種多様な者達が、道にずらり並んだ出店から響く客引きの声に思わずピタリと足を止める。この盂蘭盆祭を楽しむにあたって老若男女という差は意味を成さず、どんなに屈強な男もどんなに妖艶な女も、まるで童のようにその瞳を輝かせた。
その中でひと際祭りを満喫している男が一人。片腕に河童のだっこちゃんを引っつけたまま綿飴と林檎飴を纏めて片手に持ち、鋭利な鉄の棘を巻き付けた風船をぶら下げた鬼灯は、その赤々とした林檎飴に前歯を突き立てた。ガリ、と硬い物を噛み砕く音を響かせながら悠々と道のど真ん中を闊歩する鬼灯の右手には、柔らかな女の手が握られている。

「今年も大盛況ですね」
「ええそりゃあ、地獄最大のお祭りですから」

誠心誠意手間暇かけてやってるんですから楽しんで頂かなくては意味がありませんよと鬼灯は言う。その表情はどこか誇らしげで、この祭りに対する力の入れようが伺えた。流石は天下の鬼灯様、祭りの準備まで行っているとは頭が下がる。
そんな凄いお方が私の恋人だなんて、未だに夢のようだ。何故私なんぞと付き合って下さっているのか全く理由が分からないが、見れる夢なら見ておくべきだろう。何時かもし、別れを告げられる時が来たとしても良い思い出として残しておけるのだし。
そんな後ろ向きな事を考えながら、鬼灯様に手を引かれるがままに足を進めていると、前方の鬼灯様が一つの屋台の前で足を止めた。

「射的、ですか?」
「ええ。弓ですけどね」

でかでかと書かれた射的の屋台の下には、子供騙しの景品がぽつりぽつりと並ぶ。中にはエアガンや何に使うのか金魚草型のぬいぐるみが入っていたが、それ以外は幼子に買い与える様なちゃちな代物ばかりだ。
上から下までじっくり品定めする鬼灯様を客と認めたのか、人のよさそうな店主が的当て用の弓を携えてこちらへ歩み寄ってきた。鬼灯様は店主と一言二言言葉を交わすと、幾らかの小金と引き換えに、割と本格的な作りの弓を受け取る。それを綺麗な所作で番える姿はとても格好いいのだが、なにしろ恰幅がいいから、弓がまるでおもちゃにしかみえない。姿勢の良さとその獲物の小ささのアンバランスさに少し噴き出していると、鬼灯様がこちらに目線を寄こした。

「ご、ごめんなさい」
「別に怒っていませんよ」
「そ、うですか…あの、何をとるつもりなんです?」
「……取れてからのおたのしみです」

そういうとギリ、と弓を引きながら視線を前方に向ける鬼灯様。その先を辿ってみると、金魚草型のぬいぐるみが見える。洞窟のように真っ黒の瞳をこちらに向けたまま、揺れる事もなく鎮座するそのぬいぐるみは、鬼灯様が好みそうな代物だ。なるほど、金魚草が欲しかったのか。流石は金魚草コンテストの審査員、金魚草に対する愛情や執着が半端じゃない。まあ鬼灯様ならなんだかんだと上手い事アレをゲットするだろう。あんな大きなもの、どうやって落とすのかわからないけど。そんな事を考えながら、鬼灯様が弓を放つのをわくわくしながら待っていると、ヒュ、と矢を放った音が聞こえた。一直線上に飛んで行った矢は、コツンという音を立てながら私が予想した物とは違うものを地面に落とす。ころりと地面に転がったのはぬいぐるみではなく、プラスチックでできた安っぽい腕輪の入れ物だった。

「流石は鬼灯様!一度で当てるとは恐れ入ります」
「まぐれですよ。…欲しいものは取れたので、この弓はお返しします」
「ありがとうございました!いやぁ後4発射られたらどうしようかとヒヤヒヤしてたんですよ!」
「後の物には興味が湧きませんので」

後頭部をがしがしと掻きながら、店主はそれは運がよかった、と苦笑いを零しながら安っぽいケースを鬼灯様に手渡す。それをいつもの無表情で受け取った鬼灯様は、ではこれでというとくるりとこちらに身体を向けた。そのままわずか二歩で距離を詰めると、迷いなく私の右手を持ち上げた。あまりに素早い動きに固まっている私を余所に、先程手に入れた腕輪をケースからと取り出すとさっさと私の右手に装着してしまった。

「私のものです、という印です」
「え?」
「あなたが自分に自信が無いのことはよく知っています」
「え、ええ、そうです。よくご存じで…」

それに加えしょっちゅう鬼灯様に何時捨てられるか考えています、なんて事を頭の片隅で思ったがそれは絶対に口に出さない。こんなこと言ったらあまりにネガティブすぎて、鬼灯様に捨てられるスピードが速まるかもしれないからだ。
自分でも不自然だな、と思いながらも目の前の鬼灯様から視線をずらすと、急に右手が離された。あれ、と思う隙もなく、その手が私の顔面を捉える。頬を掴まれた事により、ぶぇ、と妙な声が出ると同時に、一直線に話体を射抜く瞳と視線がかち合った。あまりに力強い視線に思わず息をのむ。

「どうせ私に捨てられる、とかくだらない事を考えているんでしょう」
「それは…」
「私は惰性であなたとお付き合いをしている訳ではありません」

そう言いながら鬼灯様は、私の左手を持ち上げると、薬指にその鋭利な牙を突き立てた。ガリ、と先ほどまで林檎飴を噛み砕いていた牙が私の皮膚を貫く。あまりに急な展開に、悲鳴すら忘れてぽかんとしていると、満足したのか鬼灯様は私の指から顔を離した。しかし指にはくっきりと牙の跡が残っており、その跡からはぷつぷつと血の玉が浮かび上がっている。

「馬鹿な事を考えないよう、きちんと予約しておきますから」

そういった鬼灯様の口もとは、ほんの少し、つり上がっていた。



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