そしておはよう眠り姫

どうってことはない。ただ、なんとなく暗いこの場所が好きになれなくて窓の側にいくだけで。根にいた頃からは考えられない自分の思考に頭の片隅で首をかしげながらも、視線は窓の外の木の葉の里に向けた。

外では一般市民が楽しそうに往来していて、ふと自分もあちらにいたらどうなるんだろうと思ったりした。まあ、実験の唯一の生き残りとして今まで生きてきてる自分にとって、そんな『たられば』は、『たられば』にも入らないんじゃないかと哲学的に考える。

視線をぼんやり空に移す。赤い屋根の多い里と青空のコントラストは普段より『晴れ』の印象を残した。


「光合成してる」

「…あのね。キミはボクのこと植物かなんかと勘違いしてない?」


ふとかけられた声は、さきほどからじっと横に受けていた視線の主のようで、いきなり失礼な物言いについついげんなりとしながらも返してしまう。当の本人はもう聞いていないのか、膝を抱えて眠そうにゆっくり瞼を上下させていた。

ボクは、彼女のことを知らないわけでもなければ今日が初対面というわけでもなかった。まれに任務で一緒になることもあれば、同僚との飲み会でも一緒だったことがある。所謂顔見知りの同僚なわけだけど、どうにも彼女の持つ不思議な雰囲気にはボクも困惑するばかりだった。

カカシ先輩とはまた違うマイペースさに、何を考えてるか分からないぼんやりとした目付き、それなのに突然大技を使って敵を凪ぎ払う男らしさ(?)はボクの想像の範疇を軽々と越えてくる。今回だってそうだ。突然声をかけられたかと思ったら、当の本人は薄暗がりでも眠そうにしてるし、そもそもその光合成発言も、ボクに向けられたものかは定かじゃない。ただ視線の先にボクがいたから思わず返してしまったけど、もし別の誰かに言ってるのだったら恥ずかしすぎる。一通り周りを見回す。……自分しかいなかった。


「キミこそどこにいても眠そうだけど?」

「できることなら…ずっと寝てたいから」

「それはキミが臆病ってことでいいのかな?」

「……そうかも」


嫌みをぶつけても暖簾に腕押し。まるで通用してない彼女はふわっと大きくあくびをすると、嫌みを否定することなく肯定するようにこくりと頷き、そのままフワフワと頭を揺らしながら目を閉じてしまった。

会話が突然終了したことによる驚きと、このいくつかの会話で得た情報の少なさに思わず頭を抱えた。なんなんだこの子は。そう思って大きなため息をついたとき、目の前でぐらりと揺れる身体。その瞬間が嫌にスローモーションに見えて、受け身を取るとは思えない動きに気がついたら腕が伸びていて。


「ちょっ、キミ!大丈夫かい?!」


さっきまで会話していた女の子は、自分が椅子から転げ落ちそうになったことすらも気がついてないのか、伸ばしたボクの腕の中ですやすやと寝息をたてていて。もう一度溢れる大きなため息。任務ではぼんやりしてるようで案外にも強力忍術を繰り出す優秀な忍ってイメージがあったんだけど、普段はこうもおぼつかないのか?

起こさないように彼女の肩を掴み、そっと椅子に座らせる。これで大丈夫だろうと手を離せば右へ左へ傾いては危ない様子に、お人好しなのか心配性なのか、彼女の隣に腰を下ろして自分の肩を貸すことにした。放っておけばいいものの、どうしてもそうする気になれない。左肩に感じる重みに、自分も目を閉じることにした。

こうしてもたれかかられるのはカカシ先輩以来のような気がする。カカシ先輩とは違った柔らかさや香りに思考が飛びそうになり、ハレンチだと頭を振る。真面目っていうキャラで通そうとしてるのに、そんな脳内イチャパラで出来たカカシ先輩みたいなこと……


「わ、テンゾウが公共の場で見せつけてくるなんて珍しい」

「頭の中読まれたのかと思いました」

「え?ほんとに見せつけてたワケ?」

「いえそっちではなく。こちらの話です」


突然ふらりと現れたカカシ先輩は、ただでさえ見えない口元を本で隠しながら(たぶん)ニヤニヤとボクの向かいの椅子に腰を掛けた。まあ、上忍待機室だから来ないわけではないんだけど…どうも狙ったように現れるこの人は相変わらず食えない人だなと思う。露骨な冷やかしを聞き流しながら、前に座ったカカシ先輩を見上げた。その視線は、ボクの左側へ向けられていて。


「テンゾウいつの間に眠り姫と仲良くなったの?」

「眠り姫?」

「そ。噂の眠り姫。上忍の中じゃ有名だよ」

「へえ、初耳です。彼女が眠りながら椅子から転げ落ちそうになったのを支えてるだけですよ。ていうか今はヤマトだって何回言えば学習するんですかあなたは」

「細かいよテンゾウ。そんなことじゃ眠り姫に嫌われるよ」

「結構です。ところでその眠り姫ってのは、やっぱりところ構わず眠ったりするからですか?」

「んー、それも多いみたいだけど、彼女ってなに考えてるか分からないところが魅力だったりするデショ?ほら、オレみたいにさ」


あえて突っ込まないし突っ込み待ちの言葉にあえて突っ込むほど愚直じゃないつもりだ。ニコニコと返す言葉を待つようなカカシ先輩に冷たい視線を向け、それからふと彼女を見つめてみた。

こうしてじっくり見てみると、眠り姫と呼ばれるのも納得がいくような顔つきをしてるなと思った。睫毛は長くて頬はふっくらしてて、少し開いた唇もぷっくりしててなんだか色っぽい。そこまで考えて、はたと視線を感じて右にずらす。ニヤニヤ、ニヤニヤ、目元を見るだけで分かるほど、いやーな笑みを浮かべたカカシ先輩がボクを見ていて。「な、なんですか」答えは分かりきってるけど、ついそんな言葉が飛び出した。


「テンゾウやらしー」

「そんな本を堂々と眺めてる先輩にだけは言われたくない言葉ですねぇ…」

「ま、眠り姫って言われるくらいだから王子候補もたくさんいるし、テンゾウも早くしないと取られちゃうよ?」

「だからそんなんじゃないですってば。人の話聞いてください」

「つまんない男だね」

「つまんなくて結構です。それより場所交代しません?ボクちょっとこのあと呼ばれてて」

「眠り姫に肩を貸す役目?オレみたいなナイトにはぴったりだね」

「はいはい」


そっと左肩の重みを持ち上げると、するりと入ってきたカカシ先輩に彼女を預けた。こんなに堂々と話をしてるのに当の本人は起きる様子もなく、こんなんじゃ召集かかっても行かないんじゃないかとも思う。すやすや眠りこける彼女を見つめると、自然と頬が緩む気がした。

カカシ先輩の含み笑いが聞こえる。ごまかすようにコホンとわざとらしく咳払いをして、腰に手を当てた。


「やらしいことしないでくださいよ先輩」

「あのねぇ。お前はオレのことなんだと思ってんの」

「いつもいかがわしい本を堂々と読んでてなに考えてるか分からなくてすぐボクのことをこき使う先輩、です」

「……ストレス溜まってるね」

「誰のせいだと!」


あっオレ?なんてすっとぼける先輩にため息をつきながら、ではまたと片手を上げる。カカシ先輩もつられるように手を上げると、そのまま本に視線を戻してしまった。

寝息をたてる名も知らぬ彼女と、他国まで名を轟かす銀色の髪を輝かせた先輩の姿を横目に、スライド扉に手をかける。後ろから小さく、カカシ先輩の声が聞こえた気がした。


「なまえ、こんなとこで寝なーいの」


ああ、彼女はなまえさんと言うのか。
なんとなくカカシ先輩の声がいつもより優しいような気がして、邪推を振り払うようにそっと目を閉じた。

151007
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