▼君の癒しになれますように
「今日は何を買うつもりだ?」

「そうね〜、とりあえず医学系の本と、あと薬草とかの本が欲しいわね」

「……使うのか?」

「あれば使うわよきっと!たぶんね!」

「はぁ……」


大きなため息をつく烏間の横でニコニコと笑うなまえ。その足は軽いのに対して、烏間のそれは重そうに見えた。

それもそのはず、前日までの1週間は烏間にとって勝負と言えた。しばらく学校を開けていたために、体育の授業に遅れが生じていたのだ。案の定、生徒たちの技術にブレが生じ、直すのに一苦労。その1週間が終わり、実質休みとなる土日になったら今度は思い立ったなまえに引っ張り出されたのだ。

朝から家の前に立つなまえが小悪魔に見えたとは、心のなかに留めておこうと烏間は重い頭を振る。
その仕草に、今度はなまえが眉を寄せた。


「……ごめんなさい。やっぱり疲れてた?」

「いや、いい。個人的にも1週間放ってしまったからな」

「あら?そんなこと気にする人だったかしら?」

「……少しはな」

「ふふ、嬉しい」


それでも、なんだかんだでなまえの笑顔には弱いと烏間は小さなため息をついた。こうやって引っ張り出すのも、引っ張り出したくせに心配そうな顔をするのも、自分を思ってのことだと分かってるからだった。もう一度ため息をつく。今度は嬉しいようなくすぐったいような、むず痒い感情を吐き出すように。

笑ったなまえが、烏間の片腕に控えめに触れる。烏間も、振り払うことなく少しだけなまえへと身体を寄せた。


「ついでに晩御飯の材料も買っちゃおっかな。今日はずっと家にいる?」

「明日も休みだからな。家でひたすらに報告書をまとめるだけだ」

「あー、あの『アレ』だの『ソレ』だの多い人?面倒くさそうね、私も手伝うわ」

「遅くなるがいいのか?」

「残業は慣れてるの」


そうだったな。烏間の笑いを含んだような呟きに、なまえも笑いながら頷いた。

そのまま本屋へ向かい、適当に見繕った本を抱えてレジに並ぶ。本屋では別行動が基本なのに、いつもレジ直前で気配もなく現れる烏間に一方的に代金を支払われ、ぼんやりしたなまえの前で烏間は颯爽と本を抱えまっすぐ外に向かった。
その後ろ姿をなまえが慌てて追いかけるのもいつものことで、なのに店先で烏間が待ってるのもいつものことで。


「惟臣さん、ぬかりなさすぎ」

「なまえがぼんやりしてたんだろう」

「そうかなぁ?」

「自衛隊の頃はぼんやりしてるような相手の背中蹴り飛ば」

「も、もうやめて!」


過去の暴れん坊だったときの自分の話を引っ張り出されて、なまえは遮るように烏間の背中を叩いた。痛いともなんとも言わない烏間の口角が少しだけ上がる。これも、なまえといるときはいつものことだった。


「もー、今日の晩御飯のお料理は嫌いなもので固めてやる」

「ほう、それは楽しみだな」

「ちなみに、お肉とお魚どっちが食べたい?」

「魚」

「じゃあ意見を無視してお肉中心に嫌いな…………」

「どうした?」

「惟臣さんのバカ。お肉大好きだったわよね?騙されたじゃないの」

「騙されるなまえが迂闊だったんだ」

「いつまでたっても、惟臣さんは私のずっと上にいるみたい」


烏間を目指して役に立てるようにと努力したなまえだからこその言葉に、烏間は思わずその横顔を見つめた。至っていつも通り、やさしい笑顔を浮かべるなまえ。烏間は、黙ってその右腕を取った。見上げる視線は気づかないふり、なまえもへらりと笑って、その手を握り返す。


「やっぱり好きなもの作ってあげます」

「そうしてくれると嬉しい」

「いつも疲れた顔してるから、元気の出るものにするわね」

「ああ」

「報告書も手伝うし」

「…泊まっていけばいい」

「……ふふ。そうね」


ゆるりとした昼下がり、くっついたり離れたりしながらも手は繋がったままのふたりは、ゆっくりとスーパーに向かった。

その後ろに、小さな人影がふたつ。


「ねぇ渚君。最高なモン撮れちゃったね。これ使って月曜日から毎日先生ちゃん脅そうよ」

「そ、その使い方はやめようよカルマ君」


150924

霜月さまへ!
『烏間先生と連載主人公のデート』
リクエストありがとうございました!
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