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「あー、やべ」


そんな呟きが休憩中の小隊の中に響く。くぐもった声に口周りを何かで覆っているのは分かるも、この状況でそれが誰だか特定するのはやや難関だった。視線をあげた先、唯一普段から口だけを隠す格好をしたカカシ先輩は今もくもくと兵糧丸を咀嚼しており、口布は顎の下。ぐるりと見回した面子はそれぞれが面をしており、暗部の職に就いてる者はみんな喋りは一様にくぐもっていた。

その中でひとり、ポピュラーな犬の面をした人が木の幹にもたれかかりどこを見てるのか分からない視線を空に彷徨わせた。小柄な体格に胸のふくらみ。さっきの声は少し高かったなと思ったときにようやく、呟いた人間の正体がフォーマンセル小隊のひとりである女性のものだと分かった。

ボクとカカシ先輩以外のふたりは名前しか聞いてないが、その名前も表と区別するためのコードネームだと言っていた。闇に隠れる仕事をする反面、暗部にも表では普通の生活がある。その生活に支障を来しそうなときや区別したいとき、火影様に申請すればコードネームが与えられるとカカシ先輩から聞いたことを思い出した。ボクの場合は“根”との区別のために火影様から与えられたコードネームで表でも生活している。

体格の割に緊張感の無い声をした男の方が、彼女を振り返ることなく面の下で訊ねた。


「なんか忘れ物か?」

「んー、ていうか、洗濯物取り込み忘れたなって」

「んだよ、お前まだ主婦なんて言ってんのか?」

「旦那が弱いくせに無駄にプライド高いから黙ってるだけ」


だから表じゃ忍を辞めたって偽ってんの。そう付け足した彼女の声は面倒くさそうで、もたれ掛かった大木からずるずると身体を下げていく。この人たちは緊張感がないのかと思いつつも、こちらの暗部に入ってのキャリアはまだまだ向こうの方が長く、大きな声で注意もできない。
ちらりとカカシ先輩を見たら、慣れてるとでもいうかのように兵糧丸の入った小袋をきゅっと摘まんでいた。


「で、帰ったらどこ行ってたんだとか暴言暴力ぶつけられるんだろ?さっさと別れちまえばいいのによ」

「別にそんなの私の勝手でしょ。任務終わりに抱かせてあげてるからって調子に乗らないで」

「バカてめ、こんなとこで言うんじゃねぇよ」


男の視線がボクとカカシ先輩に向けられたような気がするも、面の向こうの視線なんて分かりはしない。あえて無視すると、男は盛大なため息をついてずれた面の位置を直した。

こんなとこで、なんて言われたところで別に珍しいことなんかじゃない。人を殺めたりそういった任務の続く暗部が、その興奮を性的欲求で収めたりするのはよくあることだった。ボクはまだそんなことする必要も歳でもないけど、カカシ先輩はきっとそういう人が何人かいるんだろう。
斜めにかけられた狐面を手に取ったカカシ先輩を見つめる。視線に気づいたのか、先輩はあのやりとりが何も聞こえてなかったかのようになんともない顔で「ん?」とボクに向かって首をかしげた。ボクは、なんでもないと首をふった。

カカシ先輩が面をつけて表情を隠す。のんびり立ち上がったかと思うと、おもむろに「キルヒナ」と呼んだ。寝転んだ彼女が顔を動かす。面が木の幹に当たってコツンと音をたてた。それは最初の自己紹介のときに聞いたきりの彼女のコードネーム。


「オレのも慰めてよ」

「……隊長から誘ってくるなんて珍しいですね?」

「いいでしょ。どーせ手当たり次第なんだし」

「どっちが」


ああやっぱり、カカシ先輩もそういう人か。旦那ある身の彼女と関係を持ってるのが自分だけと思っていたのか、男が驚いたように喉を上下させた。それは女を取られた怒りからか、それとも『冷徹カカシ』の数ある女のひとりに手を出した恐怖からか。手を伸ばしたカカシ先輩の腕を取って、立ち上がった彼女の身体はすらりと綺麗だった。

ふと、視線がぶつかる。面の向こうで、妖艶に笑った彼女が見えた。


「テンゾウもそういう気分になったらいつでもおいで?」

「……結構です」


本当にいらない世話だと思った。

151007
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