そんなはずじゃなかったのに

ちょうどお昼時。任務終わりでフラフラと歩いていたら、見知ったラーメン屋からこれまた見知った声と見知った足が見えて気が向くまま暖簾を上げた。

そして、上げなければ良かったと思った。子供たちの目の前で大人気なく取っ組み合いの喧嘩(というより先輩が一方的に後輩を殴り付けてる現場)に遭遇してしまったのだ。しかもそのふたりが、どうにも知り合いの域を超えた比較的仲がいい部類にあたる人たちで。

私の気配に、新生七班の子供たちが振り返って次々に言葉を投げ掛けた。「なまえさん!ちょうどいいところに!このふたりなんとかしてくださいよ!」「おーい、先生たちー?なまえのねーちゃん来たってばよー」「なまえさん。昼間からサボりですか?」「おバカ。任務帰りよ」黒髪の少年がニコニコと笑いながら毒を吐くもんだから、ついでにそのおでこをぎりぎりと押し返した。

サイにお仕置きをしたその手を、後輩に殴りかかる先輩の銀色の髪にやる。振り向く間も与えずひっ掴むと、ぐいーっと後ろに引っ張りあげた。みっともない悲鳴とともに、ぼこぼこにされていた後輩くんが嬉しそうに私の名前を呼びながら、サッとカカシから隠れるように私の後ろに引っ込んだ。といっても、身長的にあんまり意味はないんだけど。


「ほんと助かりました!先輩がいきなり殴りかかってくるから」

「なまえ!髪痛い!」

「子供たちの前でなにしてんのよみっともない」

「だって!ヤマトの顔みたら無性に腹が立って!」

「理不尽です!先輩のバカ!」

「……サクラちゃん、はい説明」


話を振られたサクラちゃんが、やれやれといったように腕を組みながら話始めた。喧嘩するといけないからと、カカシとヤマトの間に追加のイスを置いて座る。ヤマトが嬉しそうに私の左手を握るのをされるがままに、サクラちゃんの的確かつ簡略された素晴らしい状況説明に100点をあげたくなった。そしてカカシを見る。


「あの時代の生意気なカカシ見たらヤマトだって殴りたくなるの分かるよ」

「でしょう?!さすがはなまえさん、理解ある人だ」

「ヤマト。なまえの手を離しなさいって」

「嫌です」


どうやらサクラちゃんの話だと、十数年前に一楽の新商品の列に並んだ日、ミナト先生の召集を受けて行った任務での記憶がカカシの中からまるっと行方不明らしい。で、それを取り戻すためにみんなで記憶を考えていたそうな。記憶を考えるってのもなんだかわけがわからないんだけど。

最終的にはナルトの暴走を止めにやってきたヤマトによる七班個人の要点をまとめたストーリーを作り、それが一番しっくり来ることからカカシはヤマトに殴られたと思いこみ、その倍の仕返しをしようとしたそうな。なんていうか……いつもこきつかってんだからそれくらい許してあげればいいのに。


「ナルトの修行で無理させたんでしょ?いいじゃない、一発くらい拳骨食らったって死ぬわけじゃないし」

「で、でもさぁ。痛かったんだよ?たんこぶとかできてさぁ」

「…あれ?思い出したの?」

「うん。なんとなくね。未来から来たヤマトとナルトに出会って、ミナト先生の術で記憶を消したような気がするんだ」

「ミナト先生かぁ…………」

「…ちょっとなまえ。うっとりしてないで話聞いてよ」

「なまえさん、ボクのこと助けてくれるんじゃないんですか?」

「めんどくさいなあ。あ、テウチさん私もみんなと同じやつ!」

「あいよ!」


両サイドからぐいぐいくるふたりを両手で押しやりながら、本来の目的である昼ごはんを頂くことにした。なんだかんだで若いみんなは食べ終わったのかのんびりしていて、早くこのおじさんふたりを連れ帰ってくれと、自分にブーメランが戻ってきたような悪態に自己嫌悪した。このふたりがおじさんなら、私っておばさんじゃん?つらい。

ラーメンが出来る間もぐぐぐっと押し退ける顔。なんていうか、今回妙に押し強くない?なにこのふたり?めんどくさすぎない??


「ちょっ、ふたりとも邪魔!」

「ヤマトに殴られた頭をなまえに癒してもらおうかなーって」

「ボクはもうちょっとなまえさんといたいだけです」

「私このあと任務なんだってば!」

「任務前にラーメン?ハードだね〜、確かにお前昔からめちゃくちゃ食うけど」

「カカシ黙って」

「ボクはいっぱい食べる女性は好きですよ?素敵です」

「ヤマトもっと誉めて」

「チッ。テンゾウさっさと消えてくれ」

「ヤマトです!あと舌打ちしましたね今!」


へいおまちどう!
威勢のいいテウチさんの声と共に出されたラーメンがおいしそうな湯気をたてて目の前に置かれる。わーいやったね、おいしそう!両サイドで支えていた顔から手をパッと離して、割り箸を1本抜き取った。

丸椅子から1歩後ろに瞬身。無くなる支えにバランスを崩したふたりが、まるでスローモーションのように同時に向かい合って…そして、倒れた。もちろんとっさの重力に抗えない人間がごっつんとぶつかるのは当たり前で、そのぶつかった場所が予想通りすぎて…構えたカメラのどんぴしゃ真ん中で、カシャリと1枚の写真が撮られた。

即席カメラがゆっくりゆっくり現像されていく。覗き込んだナルトとサクラとサイが、まさに三者三様のリアクションで大声をあげた。


「ぎゃあああああ!!!!」

「うっわあ〜〜〜〜〜〜!」

「おじさん同士のキスですね。これどうするつもりですか?」

「売る」

「え?誰にですか?」

「一定層のくの一」


現像された写真をぴらぴらと掲げながら、ドン引くナルトとそこそこ興味のありそうなサクラと真顔で「そういう趣味の人がいるのか」とメモをとりだした。ほんと、七班のみんなは個性的で楽しいわと写真をポーチに仕舞い込むと、死にかけてるふたりの間に再び座っていただきまーす!と声を上げた。ひとくちすすった瞬間に、ゾクリとする気配。隣からの殺気。
ごくりと、飲み込んだのは麺とスープだけじゃなかった。


「なまえ」

「……ウッス」

「なまえさん」

「……う、ウッス」

「なんのつもり?狙ったつもり?だったらその写真あげるから口直しさせてよ」

「や、やだッス」

「恐怖の支配、もう容赦しないよ?」

「こ、ここここわいッス」


じりじりと近づいてくる気配に、そっと視線をテウチさんたちに向けた。絶対にこっちを向くものかという頑なな意思表示がそこにあった。ちらりと、横に並んでたナルトたちに目を向けた…はずだった。そこにはもう誰もいなく。そそくさと消えた薄情者の中忍たちに向けて開こうとした口のまま、ぐいっと無理矢理顔を持ち上げられた。

割り箸がからんと音をたてて床に落ちる。椅子に座った私を見下ろすカカシの口布がいつの間にかない。えっちょっ、さっきヤマトとチューしたときはあったじゃん!なんで下ろしてんの!ヒエッ……や、ヤマトの手が首に伸びてる!思ったより温かい手のひらに『木の温もり』って言葉を思い出したなんて笑えない!完全に囲まれて動けない私に、ずいっとカカシの顔が降りてくる。


「息できなくなるくらいの口直しになるけどいいよね?」

「ボクに泣いて許しを請うなまえさんが見られるなんて嬉しいよ」

「ちょちょちょ!や、やだ!!待っ」


私が一楽の机に突っ伏す頃には、満足げなカカシとヤマトがいつの間にか抜き取った写真を真っぷたつに引き裂き、それをクナイでざく切りにしているところだった。ちくしょう、百害あって一利無しだ……ふたりの噂を興味本意で広めてやろうとのもくろみをした昨日の自分をとても張り倒したい。



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ボツ理由
展開を途中で失念したあげく書き上げたらさすがに超展開過ぎたとおもったので
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