君にイタズラ
ハロウィンがやってきた。
秋の一大イベントだ。
といっても現代らしく、ささやかな飾り付けとちょっとした仮装とか、そのくらいのもの。
おやつ時を図って、作ったばかりのお菓子をラッピングして小さめのバスケットに入れ、仮装をする。
現実的なところで、某ショップ産の魔女帽子と星柄のラメ入りミニマント。
いわゆる魔女っ子だ。
簡単な仮装なので上半身だけで、下は普通のスカート。寒いのでニーハイかタイツか、というのは悩んだけれど。
支度をして庭に出ると、木製のブランコにレンが座っていた。
レンは少し前に用事で外に出ていたので、帰宅する時にそのまま庭に出ていてもらっていた。
外は寒くなってきたけれど、せっかくだから特別感を出そうとなんとなく外でやりたかったから。
「レンー、お待たせ」
「あ、リン。準備はもういいの? って、それ、可愛いね」
顔をこちらに向けたレンは私の姿を見て微笑みながら一言。
それ、というのはこのちっぽけな仮装のことだろう。
上から下まで見られる。なぜか下まで見られる。
上半身しか仮装してないのに、この変態め。タイツにすればよかった。
可愛いと褒められることは素直に嬉しい。
「てへへ、ありがと。はい、これ」
お礼もそこそこに、レンには犬耳カチューシャと付けしっぽを渡してみた。
なんとなく似合いそうなので買ってみたのだった。
「これ……僕が着けるの?」
「もちろん!」
嫌そう、ではないけど、犬といえばペットのイメージが強いからか、着けるか否か微妙に考えているみたいだ。
レンは犬耳カチューシャを手に取りまじまじと見つめていた。
「……似合うと思う? てかリンの中で僕は犬ポジなの?」
似合う似合わないなら、確実に似合うとは思う。
むしろ、わんこ属性があるような気がしないでもない。
「まあまあ、きっと似合うよ。ささ、早く早くー!」
ニッコリと促すと、レンはしぶしぶ(?)犬耳を装着した。
やはり似合っている。
「しっぽも、しっぽも!」
ささ、どうぞ、と勧める。
なんだか面白くてテンションが上がってくる。
「リン……僕で遊んでるでしょ」
「いやいやー、全然!」
ジト目のレンに対して満面の笑みで返した。
レンは小声で「絶対面白がられてる……」と言いながら、しっぽに付いているフックをズボンのベルト通しに装着した。
ちょっと位置は高いけど、くたっと垂れるふさふさのしっぽのフィット感はどこから見てもわんこだった。
「わぁ〜、レン、可愛い!」
「やっぱり僕で遊んだな!」
「いいじゃんいいじゃん、似合ってるよ!」
「うわーん!!」
涙目のレン。かわいい。
……などと言うと怒りそうなので言うのはやめてあげよう。
「あはは、ごめん。でも似合ってるのは本当だし、私は好きだよ」
「リンがそう言うならいいけど……」
「そうそう、仮装はともかく、まだお決まりのアレとか言ってないし、お菓子も食べてないし、ハロウィンはこれからだよ!」
「むぅ……」
レンは口を尖らせていたけど、そうだね、と続けて、それから決意を新たにした様子で言った。
「こうなったらどこからでも来いハロウィン!」
「謎の宣戦布告!」
「もう僕はリンに弄ばれないぞ!」
「人聞きの悪いことを言うな!」
「今度は僕が弄ぶ番だ!」
「危険な発言はやめよう!」
ひと通りそんな小劇場的な会話を繰り広げたあと、ハロウィンの代名詞であるあのセリフに移る。
「じゃあそろそろ、例のアレいってみない?」
「いいよー、私から? レンから言う?」
「ふふふ、僕からでいいよ」
「何その妙な笑いは……」
レンのテンションが変だ。
何か悪いことでも企んでいそうである。
レンは呼吸を整え私に向き直る。
「トリックorトリート――」
レンがお決まりのセリフを口にする。
私はお菓子をバスケットから取り出そうとした。
しかしレンは、私が動く前に続けて言った。
「――とでも言うと思ったか! お菓子など要らぬ、イタズラさせろ!」
「ハロウィンの意味は!?」
なんともイベントを無視した発言だった。
そもそも、私が取り出そうと思った瞬間に言ったということは、最初からイタズラ狙いだったということだ。
本来、悪戯されないようにお菓子を渡すという行事なのだから、本末転倒である。
勝ち誇った顔でレンが言う。
「ちなみに僕はお菓子を用意していません」
これまた子供とお化けホイホイな発言だった。
「正確には、お菓子はあるものの家の中に置いてきてしまいました」
「イタズラさせる気満々か!」
「どこからでもどうぞ」
「得意気な顔で言うな!」
レンときたら、ハロウィンの目的が不純すぎる。
せっかくのイベントなのだから懲らしめてやろう。
ついでに、少しばかり言い負かしてみようと思う。
「イタズラといっても、どんなイタズラかは言ってないよね?」
「えっ?」
完全に予想外とばかりに、間の抜けた声を出す。
こやつ、やっぱり如何わしいことを考えていたな。
軽く咳払いをする。
「たーとーえーば〜? レンの愛用のアレの隠し場所を知ってるんだけどー、別の場所に置いたりしてもいいよね〜?」
含みたっぷりに言うとレンは唖然としていた。
もう一押しとばかりに、居間のテーブルの上とか、と付け加えてにやりと笑ってみせる。
レンはみるみる赤面して焦り出す。
「え、え、あ、アレって何!?」
「さあ、なんだろーね〜?」
鼻歌でも歌うかのようにご機嫌な口調で返す。
「ま、待ってよ、まさか、そんな、だっ、ダメだよ! っていうか見たの!? わああっ、ど、どうしよう、見なかったことにして!!」
本気で焦っている。
そんなレンがおかしくて笑ってしまう。
……本当は、ただ言ってみただけなのだが。
一体アレとは何なのだろう。
あとでレンの部屋を探索してみようと思った。
「あはは、懲りた?」
「うわああああん!」
恥ずかしさのあまり涙目になっているレン。ちょっと可愛くて面白い。
何か、今日はレンのこんなところばかり見ている気がする。
おかしくて笑ってしまうが、あまり引っ張るのもかわいそうなので、本題に戻す。
「あーあ、せっかくレンのためにお菓子作ったのになー」
わざとらしく言いながら、ブランコを軽く蹴って揺らす。
え、と未だ涙目のレンが私の方を向く。
「私頑張って作ったんだけど、食べてくれないんだ」
少し意地悪かもしれないけど、レンのために真心を込めて作ったし、食べてもらいたかったので拗ねるように言う。
するとレンは慌てて言った。
「た、食べる! 食べるよ! 食べます!」
横目で見ると、レンは本当に慌てた顔をしていた。
レンは顔に出やすいから、そんなところが面白くてついいじめたくなってしまう。
まだまだ許してあげない。
「レンはお菓子よりイタズラの方がいいんだもんね?」
「お菓子の方がいいです!」
「ホントにぃ〜?」
お菓子が食べたいのか、私のご機嫌取りか、先ほど言ったレンにとって洒落にならないイタズラが嫌なのか、もしかしたら全部かもしれない。
でも、必死なレンが微笑ましくて、ふふ、と笑みを漏らすと、レンは安心したのかまた調子に乗ったりして。
「トリックorトリート! お菓子をくれないとイタズラするけど僕はお菓子が何よりも大好きです!」
またしても得意気に言うのだった。
調子のいい奴め、とは思うのだが。
仕方がない、惚れた弱みだ。許してあげよう。
「ふふ、じゃあお菓子をあげましょう」
「わーい、ありがとう!」
はい、と手渡す。
ここでもう一つ意地悪を思いついて、続けて告げる。
「イタズラされる権利はこれで失効ですが」
受け取ろうとしたレンの手が止まる。
考えること数秒。
「…………後日受け取りとかは」
「ハロウィンだもの。お菓子が目の前に存在してそれを差し出された以上、出来ないね?」
「むむぅ……でも僕はリンのお菓子が食べられればそれでいい!」
パッと手から奪い取るレン。
本当だろうか。
さっそく封を開け、パクリと食べる。
そして目を輝かせた。
「おいしい?」
「すっごくおいしい!」
「イタズラとどっちがよかった?」
「それは至極難題でございまして」
現金な奴である。レンというむっつり時々オープンスケベな男は。
「でも、本当においしいよ、リン。なんていうか、至福を感じるというか」
満面の笑みでそう言うと、また食べ始める。
そんなレンを見ていると、すごく幸せな気持ちになる。
「ふふっ、それはおそらく愛情のおかげだね」
「愛……、――愛っ?」
私が得意気に言うと、レンがワンテンポ遅れてむせた。
顔が真っ赤だ。
それを見て私は、笑顔で攻めてみる。
「私の好きな人の好みが分かるのは当たり前でしょ」
「う、うん……そうか、そうだね、リンが僕のことを好……、っ」
レンは自分で言ってまたさらに照れている。
赤面しながらとても混乱していて、スケベなくせに押しに弱いんだなと思ったり。
「レンも、私の好きなもの分かるよね?」
私のことが好きなのだったら。
「ね?」
「あわ、えと、ぼ、僕…………お、お菓子は家に……!」
レンはうろたえながら目を逸らし、途中まで言いかけてごまかした。
そのまま、僕だ、って言って欲しかったんだけどな。
リンのことが好きだから分かるんだ、って。
恥ずかしがり屋さんめ。
こうなったら。
「トリック・オア・トリート」
「えっ?」
「今、お菓子をくれないと、イタズラしちゃう」
強気の攻め気。押しに弱いのなら攻めるべし。
動揺するレン。
「リ、リン、僕の部屋にあるんだけど……!」
「だめ、今」
レンの方へと体を寄せる。逃げられないようにゆっくり。
「レンもイタズラされたがってたでしょ?」
「そ、そう、だけど……」
顔を背け気味に言う。自分で言っていたくせに赤面なんてして、ドキドキが伝わってくるようだ。
「じゃあ、私がイタズラしてあげる」
「リ、リン」
驚きか期待か、レンはやや目を見開く。
体を思わせぶりに近づけたりして。
「あとでレンの部屋に行って」
「うん……」
眉を下げて息を呑み、瞳を潤ませて見つめてくる。
お前さんは乙女か。
「レンのベッドの」
「う、うん……」
興奮がダイレクトに伝わる、かなりの至近距離。
そっと耳元で囁く。
「下を探索する」
「う……うん!?」
一瞬、混乱で間が空いた。
そしてそれまで赤面して緊張状態だったレンが目を見開く。
「っな、なな、だめ! 駄目だよ! 絶対ダメっ!!」
いろんな意味で羞恥心たっぷりであろうレンが可愛かった。
でもまさか二度のカマかけが当たるとは思わなかった。
隠し場所まで単純だから笑ってしまう。
「あははっ、何を期待してたのかな?」
「うう……!!」
またしても涙目のレン、ちょっと可哀想だけれど。
……しかし面白いのである。
こうしてひたすらからかって、何気ない会話さえも楽しいものに変わる。
そして無意識か意識的かは定かではないが、いつもレンは付き合ってくれる。
そんなレンが好きなのだ。
「あのさ」
またからかわれるのかと身構えるレンだったが、気に留めずに思わず漏れてしまった笑みのまま言う。
「私、レンと一緒にいるのが楽しくて楽しくて、幸せなんだよ」
「リン……」
意外であろう言葉にレンは瞳を揺らした。
いつもより真面目な空気の中、こう返す。
「僕も、リンと一緒にいられるならこんなに嬉しいことはないって思う」
照れながら、でも微笑んで。
私まで恥ずかしくて顔が熱くなってくる。
「な、なんか恥ずかしいね」
「う、うん」
「例のイタズラとどっちが恥ずかしい?」
「こんな時にそんなこと聞くなぁ!」
本日三度目の涙目になるレン。
なんだかおかしくて、どちらからともなく笑い合った。
私も結局、いつものレンのようにごまかしてしまうのだ。
照れ隠しばかりで素直じゃないところはお互い似ていると、そう思う。
レンとなら、普通に過ごすイベントでも、ちょっぴり変な過ごし方でも、一緒にいればそれだけで楽しいから、いいのだ。
こんなやりとりを繰り広げて、ムードもロマンチックもなくたって。
だから今はのんびり過ごして――
「あとでレンの部屋でイロイロしようね?」
イロイロ…何を色々するんでしょうね?(ニヤニヤ)
このあと滅茶苦茶探索する感じですかね!
ハッピーハロウィン! 当日に間に合ってよかったです。
若干、謎シチュエーションですがw 場所どこだよ&お菓子の正体とは!
初めての語り手リンちゃん。レンくんよりやっぱり女の子らしくなりますね。
大人っぽいというか、リードする側ですね!
姉弟のような恋人のような距離感にしたかったのですが、思ったよりイチャついていました。
リンちゃんの手作りお菓子…レンくん羨ましいぞこの野郎!
わんこコスはきっと似合ってることでしょうw
実は去年書いていたもので大ざっぱには出来ていたのですが、確か間に合わなかったので載せるのをやめたのでした。笑
優しいあったかい、秋の雰囲気になっていればいいなと思います。
お楽しみ頂ければ幸いです!
5000degree
2015/10/31