ゴエモンアソート、つまりゴエモンの折り詰め! | ナノ



鋭い金属音の後にガラガラと質量のあるものが崩れる音がして、早朝に似つかわしくない爆音に肩がヒュッと縮こまる。そして間髪入れずに人ひとりの気配。うーん、気配まで感じられるようになるとは私も鍛えられてきてしまったのかな。



「なァ、またも聞きてェんだけど」

「おおっ!」

「今度は転げたりしねェんだな」



朝の水やりの最中に背後からかけられたのは、ごえもんさんの声ではなかった。だから他に私に声をかける者はないはずだった。あるとすれば、例によってのゴエモンさんしかない。そして私はこの状況を一度体験して知っている。だから、転げることもないし、後ろの人を敷物にすることもない。これまでの私と同じと思ってもらっちゃ困るゼ。
振り向けば、予想した通り……からちょっと大きくなった坊やがいた。剣を小粋に肩に担いだりなんかしている。その背後では壁だった場所が崩れて……あれ!?何で崩れてるの!?



「あれはどういうことだい、ボクくん」

「ボクくんなんて言うのはヤメロ。これでも名前があるんだぜ」

「えーと……ルパンさんかな?」

「違うヨ」

「それじゃあ、次元さん?」

「オレはルパンでも次元でもない。石川五右ェ門さ」

「やっぱり。すぐ分かったよ。ちゃんと“五右ェ門”になったんだね」

「試すような真似してヒドイじゃないか、意地が悪い」



言葉の割に楽しそうに笑う声は紛れもなくあの日の別れ際に聞いた響きと同じだった。声変わりをしたのか高低は多少変わったものの、笑い方は変わっていない。まあ、あの日といっても私にとってはついこの間の話なのだが。
しかし立派に大きくなったものだ。気分は親戚のおじさん。いやあ、五右ェ門くんこんなに大きくなっておじさんは驚いちゃったよ。稽古の方は順調なのかい。どれ、お小遣いをあげようか。



「待てよ…お小遣いの前に、どうして私の家の貴重な壁があんなことになっとるんだい」

「アア…ちょっと考え事をしていたモンでな…」

「考え事をすることと壁が壊れることの因果関係とは…」

「オレにはチョット、そういうクセがあるらしい」

「ええ…」

「出来る限りは直すよ。スマン」



自分が斬り崩した壁の破片を手にして頭を捻りだす剣豪坊やに一抹の不安を覚えながらも様子を見守る。直すったってガムテープではっつけておくわけにもいかんだろうに。



「でもさ、ちょうどアンタのことを考えてたところだったんだぜ」

「へぇ、何でまた」

「昔に会ったアンタに、そういや朝飯食わせてもらってねェなァって、ふと思い出したのさ」

「だっていなくなっちゃうんだもの。私もびっくりしたんだよ」

「そもそも、ここは何処だったんだろうってのを考え出したら止まらなくなってな。ここは何処で、アンタは何者なんだい?」

「ここは私の家で、私はなまえって名前の者なんだけど、あなたにとってはちょいと昔の出来事が私にとってはついこの間の話で、あなたも驚いてるかもしれないけど私も混乱してて、立派な坊やになったのを見て親戚のおじさんの気分になってるところ」

「?」

「?」

「アンタ、おじさんだったのカイ?」

「違うね…よくておばさんだね…いやいや待て待て、そこまで老いてないですよこう見えても…どう見えてるかは分からないけど…」

「安心しなヨ。オレにも老いて見えてない。アンタはあの日に会ったまんま、ずっとキレイだ」

「おや、まあ!」



嬉しいことを言ってくれるではないか、この坊やは。しかも何と嫌味のない。
自分でも分かるほど崩れてしまった顔を見た瞬間に「やっぱ思い違いだったかな」と言われたのには目をつむったけど。



「それはそれとして、せっかくまたこうして会えたことだし、朝ごはんにご招待しましょうか」

「オッ、本当カイ!数年越しの朝飯なんだ、期待してるゼ」

「おーおー、プレッシャーをかけてきよる。言うてそんなにご大層なものじゃあないですよ。でも腕によりをかけます!」

「ウン、オレも何かしよう。ネギを切りたい気分だ」

「おーおー、食材まで指定してきよる。それじゃあお味噌汁にして…」



開いた窓から静かな風が入り込んで食卓の湯気を揺らす朝となった。久々に落ち着いた朝ごはん。五右ェ門くんはお茶碗軽く三杯は平らげると、世話になったなと言って玄関から出て行った。またなとも、さよならだとも、言わずに。
あまりに全てが自然な流れだったので、壁が破壊されていたことを思い出したのは部屋に戻って洗い物をしている最中だった。そうだと慌てて壁を振り返ると、時が巻き戻されたように無傷の壁があるばかり。確かに爆音を立てて崩されたはずの場所は、別に何でもないですよという顔をしている。
はて、どういうことか。しげしげと壁を眺めているとその横をごえもんさんが芥でも見るような目で通り過ぎていった。



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