あれからごえもんさんはおりがみで作った兜を気に入ってくれたようで、事あるごとに引っ張り出しては眺めたりかぶったりしていた。作り手冥利に尽きるなあ、と眺めていると部屋の中の景色が何か違うことに気付いた。 「うわっ、ごえもんさん、ごえもんさん!」 「なんだ、あわてたこえをだし…ムッ!」 「あんなところに誰かいましたっけ…?」 「いや、おらんかったはずだが…これはまたれいによって…」 部屋の中の違和感の正体は、窓辺の侍だった。 あまりに音がなく、あまりに動きがなかったので、まるで初めから我が家にあったかのように錯覚してしまったが、うちは侍置き場ではない。 しかし驚くほどに静かなお侍さんである。生きているのか死んでいるのか…あやしいところだ。近寄って見てみると辛うじて息をしているのは分かった。とりあえず生きた人間のようだ。 「ごえもんさん…この方もやはりゴエモンさんなのでしょうか…」 「かっこうからするとそうだろうとはおもうのだが…せっしゃにはおぼえのないすがただ」 誰に言われるでもないが何となく声をひそめてしまう。 ごえもんさんにも覚えがないとなると、もしかしたらゴエモンさんではない可能性もある。しかし、立派なもみあげと眉、豊かな髪はどことなく以前来た割れ顎さんと似ている。 それにしても、近くで見ると端正な顔立ちをしている。私としたことがうっかりホの字で見惚れてしまった。ゴエモンさん達はどの人も皆整った顔立ちをしていたが、この人は特にそうだ。うわあ、お付き合いしたい。それにしてもこのヘッドホンのようなものは何だろう。 「おい、ちかいぞばかもの」 「だって美しいんですもの…」 「まちがいがあったらどうする」 「間違い?起きたらどうなるんですか?」 「せっしゃの…いや、ゴエモンのこころがきずつく。ふかいきずになったらどうしてくれる」 「責任は取ります!お婿に取ります!皆まとめて養います!」 「おぬしのそういうまえむきさ、きらいではないがしょうしょうはらがたつな」 「へへっ、そんなに褒められちゃ照れるぜ」 「めをみはるほどのあほうめ」 「………」 「………」 ごえもんさんとアイコンタクトする。ちょっと大袈裟に騒いでみたのだが、どうだろう。だめそうだ、とごえもんさんも肩をすくめた。 この美丈夫さん、置物のように何の反応もない。もしかすると息をする機能のついたアンドロイドとか、そういうものなのかもしれない。お宝なら売っ飛ばそう!などとさもしいことを考えてしまったが、こんなに美しいものを手離すというのも勿体ない話だ。そこそこの大きさだが、置いておいてもまず問題はあるまい。 「おぬし、なにかよからぬことをかんがえておるな」 「んまあ失礼な!どこに置いておこうか考えていただけですよ」 「じゅうぶんよからぬ……ムッ!」 「おや、蝿が…」 そんな時、会話を裂くようにして一匹の蝿が羽音も高く漂ってきた。どこから入ってきたのかしらと考える暇もなくどこぞの宇宙映画の効果音じみた音が目と鼻の先で鳴った。 「うわぁっ!」 「ぬおっ!」 「蝿め…」 電気音を立てて何かがしまわれると、先程まで高かった羽音が悲しげな断末魔を上げて真っ二つになっていた。 驚くほどの静から、前振りも見せない動への変化がすさまじく、思わず拍手してしまう。ヤンヤヤンヤ! 「………」 「わ、真っ赤になった」 忌憚なく拍手すると、美丈夫さんの頬がきれいに赤く染まった。どうやら照れているらしい。かわいらしい一面もお持ちのようでますます魅力的だ。 するとそこでようやく何かがおかしいことに気付いたらしく、美丈夫さんが目を開く。意外とクリクリとはっきりしたお目目が、何度か瞬いた。ヘッドホンを外して周りを見渡してから、私とごえもんさんにフォーカスオンする。 「ハ、ここは…」 「どうもこんにちは、ここは私の家です。あなたのお名前を聞かせていただけますか?」 「せっしゃは、五右ェ門…十八代目石川五右ェ門だ…」 「じゅうはちだいめ…!?」 名乗りに真っ先に反応したのはごえもんさんだった。かぶったままだった兜が少しズレて顔を半分隠したのを慌てて持ち上げて、美丈夫さんに飛びかからん勢いで話し出す。すごい食い付きよう…。 「おぬし、いまなんともうした!」 「石川五右ェ門と…」 「ちがうそのまえだ!なんだいめともうした!」 「十八代目」 「なんと…」 「何だ何だ、どういうことですかこれは」 もうそれぞれがそれぞれに驚いていて話がまるで見えてこない。どこかから五右ェ門さんがやってくる時は大体いつも驚いてよく分からないものだが、今回はごえもんさんがやけに反応している。怒りっぽいところがあるといえいつも冷静沈着なごえもんさんにしては珍しい。 「えーっと、じゃあちょっと仕切らせていただきますと、美しいあなたは十八代目石川五右ェ門さんで…」 「美しいあなた…」 「こちらのぽにょぽにょしたのがごえもんさん」 「ぽにょぽにょとはなんだ、ぽにょぽにょとは!」 「そういえば、十八代目さんがいるということは…ごえもんさんって何代目なんですか?」 「待て、そちらの小さいのが、何と言った?」 「ごえもんさんと…」 「何と…」 整理しようと仕切ったのにかえって分からなくなってしまったではないか。先程のごえもんさんのように、今度は五右ェ門さんの方が固まってしまう。 「この世に同じ名の小人がいようとは…」 「またれい、せっしゃはもとよりこのすがたではない。そしてよくきくがいい、じゅうはちだいめいしかわごえもん」 「何だ」 「せっしゃは、じゅうさんだいめいしかわごえもんだ」 「じゅっ、十三…!?」 「へえ、ごえもんさんって十三代目なんですか」 「十三代目、というと…ルパンは…」 「せっしゃのしるルパンはさんせいだ」 今日は何だかすごい日だ。次から次へと知らない情報が出てくる。というより、今までごえもんさんについて知らないことが多かったのかもしれない。ごえもんさんもあんまりペラペラ身の上を話してくれるような人でもないのだ。 しかしルパンさんという名は初耳だし、ごえもんさんが十三代目だった(というより、そういう子々孫々と続く家系の人だったとは知らなかった。お餅の妖精かと思っていた)のも初めて聞いたことだ。そして今目の前には、十八代目にあたる五右ェ門さんがいる。つまり、ごえもんさんの子孫なのである。こんなお餅小人の末があんなに美しい人になるとは驚きだが、きっと五代も先の人々は未来に生きているのだから突然変異くらいお茶の子さいさいなのだろう。 現にどうだ、五右ェ門さんが先程抜いた刀じみたもの…恐らくごえもんさんの言うところの「ざんてつけん」とやらかと思うが、音からして金属製ではないようだった。宇宙戦争映画に出てくるヴォンヴォンと音のなる剣、あれを彷彿とさせるものなのではなかろうか。 と、一人悶々と探偵ごっこをしていると、二人ゴエモンの方では話が深まっているらしく、割って入れぬ世界が出来上がってしまっていた。 「とすると、貴殿はやはりルパン三世と出会うた十三代目様にあたる方…」 「まさしくそうだ」 「ご先祖様…」 「しかし、せっしゃはしっかりいしかわけをつないでしまうのだな…」 「時に十三代目様」 「おなじなではあるが、せっしゃのことはごえもんでよい」 「ではごえもん殿、貴殿が被っておられるそれは石川家に伝わるものですか?」 「はっ…!そうであった、かぶったままではないか。ちがうぞごえもん、これはだな…」 「実はせっしゃの宇宙服も鎧兜なのでござる。ごえもん殿もかぶっておいでとは嬉しきこと」 「よ、よろいかぶとのうちゅうふく…?」 楽しそうな話をしおってからに…! しかし毎度のことだがゴエモンズが話し出してしまうと私には入る隙がなくなる。そして毎度のことだが秘密兵器の和菓子を持って間に割って入るのだ。しかし、五右ェ門さんは何を食べるのだろう。宇宙というワードが飛び交っている以上、何だか普通のものを出すのは憚られるような…。 いや、逆に物珍しくてよいのでは。よし、ここは水まんじゅうを持って突撃だ!たくさん食べようとたくさん買っておいたのが功を奏したようだ。 ← |