ゴエモンアソート、つまりゴエモンの折り詰め! | ナノ



「ナァ、聞きてェんだけど」

「うわっ!?」

「アッ、危ねェッ!」



晴れた朝のことだ。
二度寝の欲望を押さえつけて花に水やりをしていた。部屋の中から外の鉢植えへ横着をして手を伸ばしてやっていた時、背後から突然威勢良く声をかけられた。大層びっくりしてしまい窓枠にかけていた手が滑ってあわや窓からおむすびころりんのごとくいくかと思いきや、ものすごく強い力で後ろに引っ張られどっちにしろ転げた。でもとっても暖かい何かに支えられて冷たい床との直接対決は避けられた。



「テテ…オイ、アンタ大丈夫かい」

「床と私の間に温かい敷物があったので大丈夫でした」

「その敷物ってのはオレのことだナ」

「お、こりゃ失敬」



起き上がって敷物殿を見てみると、聞こえた声の威勢の良さに違わぬ快活そうな坊やだった。もみあげがすでに立派だが、その他はいかにもThe 少年といった趣。ただ一つ、手に長めの棒切れを持っていることを除けば。
その棒切れが、単なる角材でもましてや杖でもないことは承知している。それは剣だ。ごえもんさんが「仕込み杖」といっていたそれだろう。まあおっかない、と思うも目の前の少年はおっかなく見えないのできっと突然振りかぶられてバッサリということはないはずだ。椅子を一つお陀仏にしたもみあげくるんさんとかよりはマシ。



「ところで少年、あなたはどうしてここにいるのかな?」

「それを聞きたいのはオレの方さ。ここはどこなんだい?」

「ここは私の家ですよ」

「何でオレは知らない人んちにいるんだろうな?」

「本当だねえ」



純粋そうな目が丸まってまたたいた。背格好は幾分違う気もするが、この少年はきっとアレに違いない。私はちょっとした確信があった。これだけたくさん、出血大サービスのごとく私の家に侍がくればもう相場は決まっているのだ。



「少年よ、一つ聞いてもいいかな?」

「何だろう、アー…」

「私を表す言葉を探しているね。好きにお呼び!」

「アー…アンタ」

「諦めたね」

「ウン」

「ま、いいや。聞きたいのは簡単なことです。あなたのお名前は?」



確信があった。絶対ゴエモンくんだろうという確信が。



「オレは   だ」

「   ?」



予想していたのとは違う音がきて、思わずオウム返す。しかしどういうわけか聞いたそばから、そして言ったそばから音が聞こえなくなる。自分が発した声だというのに、どこからも音が出ず霧散してしまったようだ。
首を傾げていると、目の前の少年も同じように首を傾げていた。



「オレの名前、変かい?」

「ううん、名前は変じゃないんだけど…」

「アンタの頭が変なのかい?」

「うん……って、コラ」



まあ頭の具合については当たらずとも遠からず…って、コラコラ。自分の頭を信じずにどうする!
それは置いておくとしても、少年の名前、名前の音は一体どこに行ってしまったのだろう。せっかく聞いたのに、これではまるで聞いていなかったみたいじゃないか。



「実を言うと、あなたのような人を何人か知っていてね」

「何だソレは。怖いな…」

「言われてみれば確かに怖い…」

「まァ、世の中には自分と全くソックリなのが三人はいるって言うしな。そういうヤツだろう」

「それが三人じゃきかないんですよ。もっとたくさんいるんです」

「ますます恐ろしいな」

「うん…でもそっくりといってもまるっきり同じというわけではなくて、見た目があなたのように袴だったり刀を持ってたりするけど皆さんどこかしらは違う。ただ一つ、名前は一緒なんですよ」

「その名前ってェのは?」

「イシカワゴエモン、というの」

「エッ!」



こちらがびっくりするほどの音量で驚いてみせた少年くん。もしかして、お知り合いだったのかな?ゴエモンさんの内の誰かのお知り合いということなら、似たような格好をしているのも納得だ。類は友を呼ぶので、知人には似たような人間が集まったりするものだ。
しかしそういうわけでもなかった。



「ゴエモンってェのは、石川五右ェ門かい?」

「字で書くと……そうそう、その石川五右ェ門さん。色んな書き方があるようだったけど、オールゴエモンズでしたね」

「エエーッ、じゃァ、それっていつかのオレなのかな」

「どういうこと?」

「五右ェ門はオレがこれから呼ばれるようになる名前だからさ」



話が難しくなってきた。それではやっぱりこの少年くんは…?しかし始めに名乗ったのは   という名前だった。それは間違いない。頭の中で唱えてみても、もはや字の形すら浮かばないが確かに聞いたのだ。



「今は   ってェんだけど、じきにそう呼ばれるようになると思う」

「ってことは、あなたは五右ェ門になりかけくんということ?変態の途中?」

「ハハ、なりかけじゃァないヨ。ある日ハッキリ変わるのさ」

「途中で名前が変わるってことは、あなたはせいぜい江戸時代の人?」

「いいや、昭和だい」



自分には分からない、知らない世界というものがある。きっとこの少年くんが生きているのもそういう世界なのだろう。そしてゴエモンさんたちが生きているのもそういう世界なのだろう。私はこの少年くんの透き通った目の向こう側に、見知らぬ世界を垣間見てしまった。
このまだ細っこい身体のどこに大きな運命を抱えているのだろう。人の生まれとは良いも悪いも難儀なものだ。



「うーん……まあ難しいことはよく分からんね、私には」

「諦めたな」

「うん。それはそうと朝ごはんでもどうですか、少年くん」

「オッ、いいのか!」

「これから作るところだったからね。お腹が空いてるから難しいことが頭に入ってこないのかもと思って」

「満腹になったら、それはそれで頭に入らないんじゃないか?」

「よく分かりましたね、その通りなんですよこれが」

「ダメじゃないか」



ハハハと笑う少年くんの横を通り抜けて、腕をまくりながら台所へ向かう。朝ごはんは何にしようかな。そういえばごえもんさんは和食一辺倒だけど、少年くんも同じなのだろうか。好みがあるなら聞いておこう。



「ねえ、少年く……」



朝の日差しの中にはもう誰もいなかった。開けっぱなしにしたままの窓から吹いてきた風がカーテンと私の髪を揺らしたが、動くものはそれだけだった。
つい今しがた、瞬きの間ほど前には聞こえていた笑い声が耳の中に残っているというのに、   くんはすっかり消えてどこにもいなくなってしまった。



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