「そら、これを使うとよい」 重そうな音とは裏腹にふんわりとかけられた外套から、ほんのりとしたにおいが漂ってきた。たきしめられた香などではなく、土埃と陽とであたためられた五ェ門さんのにおいだった。冬の風を浴びて寒いと感じていた身体は震えるのをピタリと止めた。 「わ、ありがとうございます。でも、五ェ門さんは寒くないですか?」 「大事ない。これくらいの寒さで音を上げるような鍛え方はしておらんからな」 「ごめんなさい、野暮でしたね」 威風堂々たる様で北風に真っ向から立つ五ェ門さんは、言葉の通り本当にへっちゃらそうだ。ボリューミーな髪の毛が風に揺れて流れようと、大きく開いた襟の隙間に冷たい空気が入り込もうと、肌が粟立つ気配すらない。鍛えているとこんなに違うものなのか。 私はというと冬には脂肪を蓄えてぬくぬくと生きている身。蓄えているくせにちっとも保温効果を発揮しないものだから、プヨプヨとしたまま冬に凍えるばかりだ。悪いことに上着の選択まで誤る始末。見兼ねた五ェ門さんの好意がとてもありがたいのだった。 でもきっと、あたたかいのはこの外套のお陰だけではない。その好意こそが、胸の内からじんわりとあたためてくれるのだろう。 「ああ、あったかいなあ…これもきっと五ェ門さんと一緒にいるからですね」 「…!」 頭上から小さく息を飲む声が聞こえて顔を上げると、少しだけ目を瞠った五ェ門さんが私の肩に手を置いて硬めの声でこう言った。 「お主、そういうことは他の者に滅多なことでは言ってはならぬぞ」 「うん?分かりました」 「次元や、特にルパンには!」 ルパンには!で音量が一段階上がった気がする。 そんなことがあったのが、数日前。今度は次元さんの好意に預かってしまって、そこでふと思い出したのである。 「すごくあったか、あ…」 「どうした?」 「滅多なことでは言うなって、言われてたんでした」 「誰にだ、ああ、まさか…」 「五ェ門さんにです」 「やっぱりか」 シャツ一枚になるとさすがに寒いのか、次元さんは身を屈めながら自分の肩を抱いている。 「次元さん、あの…やっぱり上着お返しします」 「いやぁ、そんなワケにはいかね…おっと…」 「厄介をかけたな、次元」 「わ、五ェ門さん?」 やっぱり申し訳ないなと貸してもらった上着を肩から外すと間髪入れずにバサリと全身を包む布が被せられた。煙草の香りが遠ざかって、五ェ門さんのにおいに包まれた。 「とろうってんじゃねぇんだぜ」 「分かっておる。ルパンでなくて良かったわ」 「ルパンさんだと何か問題があるんですか?」 「問題しかない。とにかく、お主はもう少し服を考えよ」 「そうですね、ごめんなさい」 「そこはよ、五ェ門、オレがあっためてやるから安心しろよでいいんじゃねぇか?」 「お主がこの場にいなかったら考えたかもな」 「ア、こりゃ悪ゥございました」 お邪魔虫は退散するぜ、と次元さんが去っていく。上着ありがとうございましたと声をかければ、ひらひらと手を振ってくれた。 「上着を忘れても凍えないように身体を鍛えるのもひとつの手かもしれません。五ェ門さんと一緒に修行しようかな」 「それはあまりおすすめできんでござる」 「ハードですもんね、五ェ門さんの修行は」 「ま、まあ鍛えたり服を考えるのも大事だが、拙者のでよければいつでも貸すから言うのだぞ」 「ありがとうございます、そうします」 「うむ、それで良い」 今日もやっぱり冬の風に負けない五ェ門さん。私は私でプヨプヨとしたままなのもいけないのでちょっとは鍛えようかしら。でも五ェ門さんのにおいに包まれる誘惑に、打ち勝つことはできるだろうか。 ← |