不覚をとったと言って、五ェ門が修行から舞い戻って来た。剣士の要である腕を怪我してしまったらしい。長い山籠り生活を物語るように土埃にまみれた全身と腕の怪我のダブルコンボは見る者の目を丸くさせた。そもそも修行をするからと山に籠る時点でもう驚きなのだが五ェ門に驚かされることは挙げればキリがないので、ひとまずお帰りとだけ告げて怪我の手当てをした。 「山中で熊と遭遇してな…」 「へぇ…熊と!?それで、どうしたの?まさか切り刻んで熊鍋に…?」 「いや、鼻っ柱を殴りつけてやったら大人しくなったので、和睦した」 「和睦…なるほど…和睦…?」 「熊に悪気があったわけではない。奴等の住処に立ち入ったのはこちらだからな」 五ェ門の言うことは道理だ。それでも、熊と和睦することは容易な話ではない。それを出来てしまうあたりが五ェ門の奇妙ですごいところだ。 怪我の手当ては簡単に終えて、お次は土埃の方。全身がもれなく汚れてるといった状況で、こんなことを言うのもなんだが…少々ワイルドな香りもする。 「ね、五ェ門。面と向かって言うのも何ですが…」 「承知しておる。己で言うのも何だが…拙者ちと臭う」 「じゃあお風呂入ろっか」 「ふむ、しかしな…腕が」 「そんなの、私がお背中流しますよ」 さあ用意して、と広い背中を押すと、足を踏ん張られた。ものすごい踏ん張りようで軽く押すだけじゃちっとも動かない。なにこの!と身体全身を使って押そうとすると、五ェ門の背中から私の肩へ声が響いた。 「そういうわけには参らんだろう!」 「誰かに洗ってもらうと気持ちいいよ」 「だ、誰ぞに洗われたことがあるのか」 「うん。不二子さんが一緒に温泉行きましょーって、そこで」 「そ、そうだったか」 「何だと思ったの」 「だが、風呂に入るには服を脱がねばならんのだぞ」 「そりゃあねぇ…別に服着たままでも五ェ門がいいなら…」 「そうではなく…」 「ああ!それなら、腰にタオル巻けばいいじゃない!あ、それとも裸見られるのが恥ずかしいとか?それならバスタオル使っても…」 「ぬうぅ…分かった!準備が出来たら呼ぶ!それまで待たれぃ!」 「はいはーい」 どっちにしろ片手じゃ髪を洗うにも身体を洗うにも難儀するんだから、素直に甘えてくれればいいのだ。 「お客さまー、お痒いところございませんかー」 もっくもくと湯気が立ち込める浴室で、五ェ門を泡まみれにする。たまに生まれるシャボン玉がふわふわ飛ぶと、五ェ門が息を吹きかけて割る。 そこへ私はお決まりのセリフを投げ付ける。髪を洗うといったらこれでしょう。 「ない!あ、いや…背中が痒いな」 「どの辺で?ここ?」 「もう少し右辺りを…逆だ…違う何故そちらへ行った、的外れも…おい!」 「五ェ門の背中広いので迷ってしまったであります。ここいら?」 「そう!そこじゃ…いつっ!?」 「ああ、目に泡入っちゃった?シャンプーハットいる?」 「時すでに遅し!手遅れじゃあるまいか」 「シャンプーハットかぶってから顔を洗ったらどうだろう」 元々、五ェ門の毛髪量は大変なことになっているのに、それをシャンプーで泡立ててしまったものだからアフロのおばけのようになってしまっていた。そうすれば当然泡も垂れてきますわな。 ピンクのシャンプーハットを何とかかぶせ、湯で絞ったタオルで五ェ門の顔を拭く。だが、要領が悪かったらしく怪我していない方の手でタオルを奪われてしまった。自分でやると言う。 髪の方は、なにしろ長い山籠り生活だったため、洗うと木の枝やらなんやらが出てくる。念入りに洗った。 「はい、じゃあ流すよ。耳ふさがなくて平気?」 「子ども扱いは止せ」 「シャンプーハットしてるくせに」 「むぅ…これはお主が…」 「はい、じゃばー」 お湯を流すと五ェ門が何かもごもごと言っているような気がしたが、きっと抗議だろう。知らんぷり知らんぷり…。 「おお、髪ぺっちゃんこ。心なしか顔付きも変わってる…?」 「そんなことはない」 流してシャンプーハットを外してあげると、何だか五ェ門がスリムになったような…?髪が濡れているからぺったんこで量が少ないように見えるのは別として、あれ…見間違いかな。疲れ目掠れ目? 「まあ、とりあえず乾かそっか」 「ど、ドライヤーか?拙者あの温風がどうにもむずがゆく…」 「ちゃんと乾かさないと風邪引いちゃうよ。怪我に病気の二重苦は辛いぞーほれほれ」 髪の毛を乾かしたら、また洗う前の顔付き、毛髪量に戻った。一体あの変貌は何だったのだろう。 ――――――― パースリの見た目がすごく変わるネタ 前期の稲垣風が濡れると後期になっちゃう、的な…ものです ← |