「ちと物を尋ねたいのだが…」 「ハァーイ!」 ランニングの休憩中、背後から勇ましい声が聞こえてきたのでテンション高めに振り返ってみれば、見知った顔だった。見知ったどころか、見飽きた顔。掛けられた時は勇ましい声に聞こえたが、よくよく考えてみれば耳慣れた声じゃないか。ちょっとかっこよさげに言ったんじゃないの?勘違いして損した。 それにしたって、私が振り返った瞬間の「ゲッ」といった顔、何だか腹が立つ。何を期待してたのか知らないけど、私で悪かったわね。 「って何だ…五ェ門じゃないの」 「ハァ、お主か…では別に尋ねることはない。さらばじゃ」 「ムッ…カつく!私じゃなかったら何尋ねるつもりだったのよ、このムッツリ侍!道聞くフリしてスケべなことでも考えてたんじゃないの」 「何を抜かすかスカタン女!お主こそ何だあの異様に高い『ハァーイ』は。寒気がするわ」 「風邪でも引いてるんじゃない?移るからあっち行きなさいよ」 「お主は移ったところで発症せんだろう。何とかは何とやらと申すではないか」 「オウ、ちょっと頬を差し出しなさい、今すぐに」 「お主にくれてやる頬などない。自分のでも叩いておれ」 どちらが口火を切るにせよ、いつもいつもこうなる。こんなことで言い争うのも馬鹿馬鹿しい。休憩はとっとと切り上げて、ランニングを再開させよう。どうせ五ェ門はその辺をブラブラするだけでしょうし、変なバーでぼったくられればいいのよ。 頬を叩く代わりに腕をベシッと殴って走り出す。痛いではないか、と聞こえたけど無視無視。こんな程度で痛いわけないっていうの、知ってるんだから。 「ヘイ、姉ちゃん!走る姿がイカしてるね」 「あら、どうも」 「クールな対応もグッドだぜ、そんな態度されるとホットになっちまう」 走り出して幾らもしない内に同じように走っているらしい男性から声を掛けられた。同じ速度で走ってこようとするので、振り切るまではいかずとも諦めるくらいはしてくれないかと少しテンポを早める。今はナンパを受ける気分じゃない。走って走って汗をかいてサッパリしたいのよ。 しかし相手も何をやる気になっているのか、中々引き下がる気配がない。このままアジトまでついてこられても面倒だし、どうしようかしらと頭をひねっていると段々と距離を詰められている。もはや腕と腕が触れ合うほどの近さだ。走る腕同士が当たるのは相当に鬱陶しい。そろそろいい加減に…。 「あのねぇ、あなた…」 「失礼仕る」 「うわっ!?」 「うおっ何だテメェ!」 風の音が耳を掠めた途端、私とナンパ者の腕の間に木の棒が差し込まれてナンパ者を押し退けていく。やだ、木の棒じゃなくて斬鉄剣じゃない。ってことは、あなたね。 「五ェ門ってば」 「ルパンから連絡が入った、参るぞ」 「えっ、ちょっと!今日はフリーだって言ってたじゃない」 「オイ、そこの。声を掛ける相手はよく見て選べ」 「用心棒さんかい…いたなら言ってくれよ」 間に割って入ってきた五ェ門とナンパ者が二、三言ボソボソと交わしたかと思うと上機嫌そうに鼻を鳴らして五ェ門が私の腕を鷲掴みにしその場から走り出す。いくらランニングの格好をしているとはいえ、五ェ門についていける程の脚をしていない私はほとんど引っ張られるような形になる。痛いったら! 「ハァッ、もう…それで?ルパンは何て?」 「連絡などない」 「へっ?何よ、それ」 「………」 散々引っ張られてアジト近くの路地まで来てようやく解放されたので、息を整えつつ聞いてみたらこれだ。気まぐれもいいところ…と口を開く前に考えてみる。 「まさか…助けてくれたの、五ェ門?」 「…自惚れるのは楽しいか?」 「まあねえ。こんな美女が困ってたんだもの、助けない男は男じゃないわね」 「ハテ?美女?」 「いるじゃない、ここに」 「イヤ、拙者目には自信があるつもりだったのだが、その美女とやらの姿が見えんようだ…」 「ふぅん、可哀想に。洗ってあげるからその目ほじくり出しなさいよ」 ああ、また憎まれ口ばっかり。五ェ門も五ェ門なのだ。私の言うことにいちいちノッてくるのが悪い。少しくらい可愛げのあるところでも見せたら? 「大体ね、私だって助けてもらうならこの世の地獄も天国に変えてくれるような色男がいいわよ。それが何だってふんどしを履いてるような時代感すっとぼけくんなのかしら」 「それは拙者とて同じこと。しかしいくら癪に障る女といえ視界に入る範囲で絡まれておれば助けぬわけにもいくまい。しかも顔見知りときたからには余計にな」 「正義感が強いようで何よりね。まあでも、一応助けてもらったみたいだしお礼を言っておくわ。ありがとう」 「お主、そんな素直に物を言うことができたのだな」 「できるわ!私のこと何だと思ってるのよ」 「身体中の内臓が捩くれておるキメラかと」 「あなたの口だって捩れきってるじゃないの、五ェ門!」 ギャアギャアギャアギャア、自分の声も五ェ門の声も耳の中でワンワン鳴る中、突然の闖入者が連絡機越しに割って入ってくる。 『アー、さっきからずっと通信機のスイッチがオンになってるオレ様ルパン様からの言伝だけども』 「ハ?」 「エ?」 『アータ達、夫婦喧嘩は犬も食わないってェ知ってる?』 「「夫婦喧嘩じゃない!」」 通信機に向かって吼えるタイミングも一緒。 本当は分かってるのよ、素直になればいいだけの話だってことくらい。 ← |