2.14 | ナノ



国へ入ると、国中が甘い香りに包まれていた。香りの正体はチョコレート。この国はチョコレートだらけの国だった。
私とシズは季節も冬になるというのに北へと向かっていた。しかも目的の国へは山を二つほど越えなければならない。まだ雪こそ降っていないとはいえ、風はもう秋の色から遠くなっている。何とか雪に覆われてしまう前に辿り着かねばならない。
準備はより万全に。そこで立ち寄ったのがこの国。城門を抜けたそばからの甘い香りに、揃えるものの話を止め二人して出処を探してしまった。陸は首を巡らせるまでもなく鼻で出処を探って教えてくれた。国の中心部より少し外れたところ。そこから強く香っているという。



「ようこそ旅人さん!我が国自慢の工場へようこそ!」

「どうぞ見学していって下さい!案内しますよ」



陸の示した場所には巨大な工場が立っていた。無機質な印象のいかにもな工場。
工場には直営店が併設されている場合がある。そこでは用途に応じた様々な種類、量のチョコレートが買えるだろうと見込み、山越えの高カロリー食品として多めに買い揃えることにした。
しかし直営店は見つからず、見当が外れたかと惑っているところに声をかけられた。工場の人間と思しき白い服に身を包んだ二人組は、こちらが返事をする前にあれよあれよと引っ張っていく。
せっかく国に来てお誘いもされたのだし、急いではいるが少しくらいならいいだろうと工場見学をすることにした。



「…我が国では今のこの時期、成人一人一人にチョコレートが一定量配布されます。国の伝説に基づくバレンタインウィークの内は、配布されたチョコレートを必ず食べなければならないのです」

「ですのでこの時期は工場はフル稼働なのです」

「成人は全員必ず、ですか。何か特別な意味があるのですね。例えば、薬になる…とか」

「そうです!博識でいらっしゃる」

「全員が食べなければならないため味や見た目には工夫を凝らしています。苺味やバナナ味、薄さも厚いものから薄いものまで。薄いものは食べやすいですが、量を食べなければならないので大変です」

「おいしそうですね!ぜひ買い求めたいのですが、私たちのような旅人も買うことはできますか?」

「ええ、もちろん!中心部の店へ行ってくださればお買い求めいただけます」
「ぜひ、よいお時間を過ごされますよう」



工場の人に見送られて私たちは国の中心部へ向かう。
工場の人もそうだったが、年配の人が目につく。この国には子どもの姿が少ない。理由は様々だろうが少子高齢化というものだろう。
私たちは中心部で冬の装備に必要なものを買い揃え、最後に教えてもらった店に立ち寄った。比較的新しくできた店のようで、観光用なのだという。店内は人でごった返していた。二人連れの客がほとんどで、私たちもその中に紛れる。ショーケースの中には見るも鮮やかなチョコレートが並んでいた。どうも贈答用といった趣きのチョコレートばかりなので、もっとシンプルで日常使いできるものをと店員さんに尋ねると、了解しましたと「お徳用」とパッケージに書かれたものを持ってきてくれた。割とコンパクトなサイズだったので三箱ほど求めると、店員さんは少し驚いたように目を丸くさせた。すぐに、お若い二人のことですもんねと笑いを交えながらオマケまでつけてもらった。



「この国では薬のようだけど、大丈夫かなシズ?」

「工場の製造工程や成分表示を信じる限り特におかしなものは入ってなさそうだ。一応、陸に毒見してもらおうか」

「シズ様…」

「オマケしてもらったもの、食べてみよっか。粒状になってるの、食べやすそうだよ」

「そうだな。とりあえず、今日は宿を探そう」

「うん」



私たちが国を出たのは、入国から一週間後のことだった。






- ナノ -