2.14 | ナノ


※部下主人公



日頃の感謝をこめて、といえばおこがましいが何か贈り物ができないかと考えたのは世の中が浮き足立っていたからだ。バレンタイン、などといってチョコレートがあちこちに飛び交う。私が所属する美食會ではこういった世の中の流れはまるで関係ない…ように思えて意外とそうでもない。バレンタイン前後になるとボスへの食事にはチョコレートを使ったものが気持ち増えたりする。ボス自身もチョコレートを期待するような声を上げたり…上げなかったりするとのもっぱらの噂だ。
そんな時期なので、通常より多くの量のチョコレートが厨房に運び込まれる。ボスへの分はもちろん手を出せないが、會員のまかない分に多少チョコレートが回ってくる。その分を使って作るつもりが…なぜか差し上げようと思った本人と共に作っている。
というのもこんな理由だ。自由時間に空き厨房に入ったら、空き厨房は稼働厨房になってしまった。どやどやっと人が入ってきて、あっという間にボスへのデザート作りが開始される。私は慌てて出ようとしたのだが、コックの一団はスタージュン様が率いていて目についてしまったらしく自由時間返上でボスへのデザート作りに混ざることとなってしまった。
ボスへの分のほんのカケラほどのまかない分。ボスへのデザートと一緒に作り上げてしまおうと考えたのだが、さきほどから何やら視線を感じる。もしや、関係ない個人的なものを作ろうとしていることがばれているのだろうか。



「こちらの湯煎は済んだ。次の処理を頼む」

「はっ」



それも、忙しくてあまり気にならなくなった。
一区切りついたのはずっと後で、クタクタになってしまったものの根性で何とかプレゼントする分を形にする。
厨房を出てスタージュン様を探すと、廊下の先でエプロン姿のままのスタージュン様を見つけた。壁に寄り掛かって目を閉じている。この時期は特にスタージュン様の火力は引っ張りだこで、元々あまりない休みが更になくなるくらいに厨房に入らなければならない。だから、エプロンも脱がずにそのままだ。
その姿を見ると声を掛けるのが躊躇われる。私の余計なお世話で貴重な休憩時間を削ってしまうのはよくないことのように思える。
感謝の気持ち、なんて自分勝手なことだった。相手を想うならば何もしないことが最良かもしれないのに。このチョコは自分で食べよう。本来は自分のまかない分なのだ。



「…何か用か」

「い、いえっ!お疲れ様です!」



廊下の静寂を破って、スタージュン様の声が届いた。顔を上げて見ると目は閉じたままだった。咄嗟に持っていたチョコを後ろ手に隠してしまう。自分の声が妙に上ずって聞こえた。



「たまたま通ってお見かけしたものですから…その、素通りしてよいものか…と」

「よいものか?出来るかどうかの間違いではないか」

「わっ、ちがっ、これはっ」



突然背後から声が降ってきて、振り向けばそこにスタージュン様がいた。後ろ手にしたものもバッチリと見られ、もう隠しても意味がない。



「つまみ食いとは…見逃すわけにはいかないな」

「違います!つまみ食いでは…」

「では何だ」

「〜っ!これっスタージュン様へ!日頃の感謝です!」

「何…」



ばれてしまっては仕方がない。言い訳をしても仕方がない。上ずったままの声で思い切って差し出す。



「あっ、もちろんボスへの分を頂戴したのではなく、まかない分として出されたもので作ったものです!」

「感謝…」

「はい…」

「私に…?」

「はい!スタージュン様にはいつもお世話になっておりますから、何か感謝の気持ちを示せればと思ったのです。ですが、この時期にお疲れのところ声を掛けるのはどうかと思い直して…」

「私に感謝…」



手から包みの重みが去っていく。受け取って頂けた。そのことが分かって安心感を覚える。



「そうか…お前が私にな…」

「はい!…ってスタージュン様!溶けてます溶けてます!」



スタージュン様から熱気を感じたその時には、もうチョコレートは形をなしていなかったが。






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