焦るな!ジャーファルくん | ナノ



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キキリクが産まれて1ヶ月。

イムチャック族である彼は、私に追いつきそうな身長に、重い体重。
試しに背中に乗せてみると、耐えきれず転んでしまったので、何も手伝わせてはもらえない。
子守はルルムやジャーファル中心に回っているのだ。

私はもう、10歳になる。自分より小さい子のお世話をして、少し背伸びしたい年頃。
そんな中、周りは控えめに言って大き過ぎる赤子に夢中。それまでは捻くれていたジャーファルも少し大人っぽくなってきた。

「あ、ジャーファル。何か持つ物ある?」

大量の書物を抱えて目の前を通ろうとした彼に、声をかけてみる。私も何か協力しなければ。
すると、彼は
「大丈夫ですよ。エナは遊んでても」
と言って、行ってしまった。急いでいるようだった。

私だって好きで遊んでいる訳じゃないのに。
子供ならではの遊べる自由を満喫する、といった考えは無く、自分だけ置いていかれたような気がした。
その中で、鳥にまたがって空を飛ぶのは良い気晴らしになっていた。数日間帰らない事も頻繁にある。

こんなやりとりがあった事も知らずに。

「ジャーファル、エナが心配なのですか?」

「………はい」

「エナはまだ甘えたがりですから。お兄ちゃんは妹の面倒も見てあげないと」

「そんな、1歳しか変わらないんですよ?それに、エナなら…」


ジャーファルは、雲行きの怪しい空を見た。


それから3日が経ち、私は1週間ぶりに船へ戻った。

「ルルムさん!見て!薬もらったよ!」

「エナ…
薬?どこでもらったのですか?」

「偶然着いた先の村人にもらったんだ!
この船、薬ないでしょう?
誰かが体調崩したら役に立つと思っ…」

私の視界を大きな手が横切った。
払われた紙袋から、カプセルが幾つか転がり出す。

「出会ったばかりで容易く信用してはいけません!毒物だったらどうするのですか!

捨ててきなさい!」

「…っ!!」

基底に置いていた念も、紙袋と一緒に払われた気がした。キキリクに出来ない分、何か他を見繕うとしていた所に。
先程も言ったが、もう10歳だ。
大人の正しさが絶対である事は、分かったつもりだ。

ルルムに笑顔を見せ、涙が出そうになるのを我慢して、早く此処から去ろうと焦って口を開く。

「ごめん、いけないよね、
……捨ててくるね!」

紙袋を持って走った後、咄嗟に暗い倉庫の中に入った。何も考えたくなくてひたすらに泣いた。

冬の風よりも、頬を通る涙の方が冷たく感じた。

「エナ!」

足音はほぼ聞こえなかったが、息を荒くして倉庫へ入る人がいた。三角座りの膝から顔を上げなくても分かる。

ジャーファルだ。
近寄って頭を撫でて、肩に空いた手を置いてしゃがんだ。はぁ、と息をつかれて、呆れたかと思えば腕を回して抱きしめてくる。

「ごめんなさい」

「……ん、」

「そういう気持ちなの分かってて、エナならって、信じて待ってたつもりでいました。

私がエナをこうして…あげなきゃいけませんね。まだ10ですし、」

「…1つしか変わらない」

「そう言わないで。エナ」

愛しむような目。こういう優しさは、自分を甘やかすけれど、欲しかった。

「後ね、これだけは知っておいて。
エナがいなくて、皆心配してたんです。キキリクのお世話や仕事に手を回して忙しいけど、皆寂しいんですよ」

「……え」

「何日もいなくならないで」

「でも、私は皆の役に立ちたくて、」

「分かってる」

腕に込める力が強くなった。あったかい。それに縋るように、まだ甘えていたいと思った。

「ねえ…ジャーファル。
ルルムさんは私達を家族だって言った。

…家族は、近付き過ぎるとこんなにも怖いものなの?寂しいものなの?

怖い、寂しい……
もう、いっそ1人の方が良いって、思っちゃったり、」

「それは、だめですよ」

悲しそうな顔をした。手は震え始め、鼻を啜る音が聞こえた。

「……言えるような事じゃないけど、家族は多分、あったかくて、たまに寂しい」

エナは周りに気を使ってばっかだから、こうなるんですよ。バカ。もっと自分から甘えて下さい。

…でも、エナだけじゃない。私もバカです。
誰かに愛情をもらうって…こんなに嬉しい事だとは思わなかった。

……1番最初にくれたのはエナ、貴女ですからね。
今度は私がくれてやりますよ。いっぱい、抱きしめて。

家族ってのをさ………一緒に、知っていこうよ」

涙で無様な顔をしていようが、どうだって良い。必死で頷く。目があった時ジャーファルは微笑んで、安心したらしく手を離した。

その時、倉庫にもう1人、誰か入ってきた。

ルルムだ。


「エナ?」

「ルルムさっ、」
「ここにいたのね」
「っ、はい」

慌てて笑顔を作る。

「ルルムさん、……ごめんなさい」

「いえ。エナ」

大きな手が、頭に乗せられる。

「謝るのは私の方です。
…エナ、ごめんなさい」

「え…」

「あの時、何も考えずに手を払ってしまって」

「ううん、悪いのは私です!
ルルムさんは皆の事を考えてくれただけで!
あの薬…実は毒かもしれないですしね!」

「毒じゃない。エナがさっき落としていった紙を見ました。
コレです」

それには、薬の成分が細かく、拙い字で書き留めてあった。

「エナは、随分と親切な子と知り合ったのですね」

「うん、薬を調剤してくれて、お友達になったの」

「良かったですね」

「はい!」

「………」

「ルルムさん?」

少しの間を空けて、またルルムは言葉を継ぐ。

「エナは、家族を知らないんでしたね、母親も覚えていないのですか?」

「…エスラさんの事ですよね?」

母親と言われて名前が出てきたのを聞いて、ルルムは少し安心した顔を見せる。

「あぁ…、母親の名前は知っているのですか?」

「うん。シンバがバアルにいた間は私が看病してたから。シンバを産んだんだよ!」

ジャーファルが困った顔で言う。

「シンはエナと兄妹ではないでしょう…
それは、エナの母親では…」

「エナ、」

私はルルムの腕に抱えられ上に上げられ、

「母親とは本来、子を自分の体から産んだ女性の事を言います。でも、エナはシンドバッドの母親しか知らない。

なら、私が今日からあなたの母親になりましょう」

「母親…いいの?!確かにルルムさんはエスラさんのように優しいけど、母親なの?」

「そうです、私は本来、キキリクの母親。
けれど、貴女の母親でもあります。
お母さんと呼んでいいのですよ。

まあ……私はこの船に貴女と乗った時から、貴女の母親だと思っていたのですが、ね」

「ルルムさっ、ううん、お母さん!嬉しい!!」

その時の私は、母親とは何なのか、誰なのかあやふやで、不孝な娘だった。けれど、他の子供と比べて、私には与えられた愛情が足りなかったのかもしれない。

その後は家族について知った。また離乳食の作り方から一般教養も学ぶようになり、私が遠出する事はしばらくなかった。

だが、とある村の少年は、私を待っていたはずだ。薬草に水をあげる手を止めて、私のように、また会えるかと気持ちを馳せてくれていたかもしれない。


28.4.3
28.12.20 改訂


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