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あの時の彼女については、今の私にも分からない。
「返事しろ、人質」
「シンドバッドはお前が惜しくてここに来るだろう。俺らに殺されにな」
叩いても嘲笑っても表情は無い。目も合わない。
「おい、本当に効いてんだろうな?」
「ご心配なく。効いていますよ。彼女は貴方の僕」
魔道士め。疑わしい。
前の此奴が何かを考えるとしたら、今の状況から脱する事だろうが、正気を失ったような顔に諦めたとも取れる。
エナという女は、相応しい人材ではなかったのかもしれない。
その態度は、数日後も続いた。
今までに大量の死者を出したこの場に於いても。
第6迷宮ブァレフォール。部下2人のヴィッテルとマハドを従え、魔道士ファーランと小隊長ドラグルに付いて歩く。不本意だ。本来なら。
今、図々しく隣を歩く女について漸く思い出した。
奴は、シンドバッドと一度迷宮攻略している筈だ。
道理で肝が据わっている。そんな相棒のような存在が迎えに来ないのは気になるが、今は関係ない。戦力も、経験も使える。
「久し振りだな、シンドバッド」
前を行っていたドラコーンが立ち止まる。
出会したのは、シンドバッドと、大柄な男、名は、確かヒナホホといった。
慌てて2人は水中に逃亡するが、ファーランの魔法により水が凍り、苦しそうに岸へ戻ってきた。
そこでも彼女は変わらない。
そしてこの瞬間も、主人の金属器は、敵に奪われたんだぞ。何故動くものを動かさない。
「エナ、行け」
「了解」
肩に手を置くと、意外にも素直だった。そうやって思い通りに動かれると、支配した感覚に陥る。だが見ている限り、女には忠誠心が無い。魔法だけで、誰の傍にも従く。年に合った柔な精神なのだ。
「エナが、奴の命令で動いてる!」
「エナ!困った時は色仕掛けって言ったろ!」
構う事無しに女は崖から飛び降りシンドバッドを襲う。
防げず味方に守られるシンドバッド。エナの短剣2つを受け止めたのはデカイ銛だ。
「シンドバッドを狙え!」
命令されて再びシンドバッドへ走る。自分も飛び降り、奴の首に向けて縄を振り翳す。
何度も当たらない。苛立つだけだ。一旦距離を取って部下に命じる。
「マハド!ヴィッテル!手加減無しで行け!」
共に行こうとしたエナを縄で引き寄せた。
「お前はこっちだ」
「っ…」
何故自分を使わないの、訴える目だ。攫った憎い奴で在るべきなのに。
シンドバッドが金属器を取り返して逃げた後、俺らは最奥地、宝物庫に到着した。
ジン”ブァレフォール”によりファーランは消され、人形だけが残る。
そこへ、彼奴らも場に加わる。
「よし、これで全員揃ったみたいだね、迷宮の挑戦者達が!」
ブァレフォールが最後と称した試練は、ミニフォールという猫を捕まえる事。大きさはブァレフォールに比べられない程小さい。普通の猫だ。舐めてんのかって。縄を構え、自分だけで追う。しかし、捕まらない。
「おい手伝え!コイツを捕まえる!挟み撃ちだ!」
「……」
「エナ!」
無視か。名前を呼ばなくても良かった筈なのに。女はまだ手懐けたとも言えぬ頃合いだったのに。図に乗り過ぎたか。
「おや?仲間割れかな?」
「このヤロっ!」
「ぐっ!」
背中を向けていた女に縄が巻きつけ引き寄せる。
「殺す!」
「………大した執着だね。私がシンバに向けるのと、同じくらい」
その時、初めて俺に笑いかけた。不意に来た新鮮な感情を無理に味わって、そうじゃ無いと首を振る。ファーランが居なくなったせいで、奴の魔法は解けたのか?
シンドバッドは、視界の隅でニヒッと笑ってから口を開いた。
「よ〜し、よく分かった…追いかけっこはもう終わり。ここからは、俺達協力しようぜ!」
それから、ヒナホホを加えた俺達は見事にシンドバッドの策に騙される。
魔法が解けたんだろうエナは、ブァレフォールと傍観している。
ー
ー
「俺は本気だ!みんな!俺のものになれ!」
「あはははは!手前ェー本当に面白い奴だな!
…ふんっ、殺すのはやめだ。いいぜ?その仲間ってのになってやっても…
今まで殺ってきた貴族や臣官のブタ共とは違う…手前ェは殺すには惜しい奴なのかもしれねェ…だが、」
偽りはない。シンドバッドの首に縄の先を近づけ、脅しもした。
「俺は誰かの下につく気はねェ。
手前ェがつまんねェ奴って俺を失望させたその時は…
即殺す」
シンドバッドは縄を退ける。
「問題無いさ、お前に殺される日は来ないよ」
「成立だな。
それに、お前の元へ戻ったらしいエナは俺のお気に入りだしな」
「え、そうなの?エナ!お前凄いよ!」
「そうかな?」
「人質→部下→お気に入り。スピード出世じゃねーか」
「ええ?そうかなぁ?!」
「調子のんなエナ」
「わあ!もっかい名前呼んで!」
「うるせェ」
マハドとヴィッテルも奴らの意思で、仲間に加わった。だが、ヒナホホとドラコーンは納得いかない顔でシンドバッドを見ていた。
この時には、既に興味を持っていた。惹かれていた、とは言えない。己の幼さ故に。
しかし、彼女が大人になった今でも、変わっていない事がある。
初めは、彼女の自我を魔法で占めた翌日だったと思う。
「俺は…小さい頃に親を殺した」
「それさっきも言ってたね」
「うるせェ!途中だった!お前がトイレ行ったから、」
「スッキリ」
「よかったな…じゃねェ!
とにかく!最後まで話せなかったんだよ!」
「聞いて欲しいの?」
「黙りやがれ!」
「黙るのか。よく分かんねェ奴だな。
…俺は、気になるんだよ。お前みてェに、兄がいる奴が。家族って、どうなんだ」
「兄?シンドバッドなら違う。私はあの人に拾ってもらった居候だから。今では旅のお供を」
「家族は?」
「知らない。私の家族、此処にはいないから」
「…そうか、同じなのか」
腕を回して肩を組んだ。少しだけ嬉しかった。
「ちょ、馴れ馴れしい」
「散々馴れ馴れしいこと言ったのはテメェだろーがバカ!」
「………貴方は、」
「あ?」
「誰かに優しくして欲しいの?」
「何言ってんだ!違ェよ!」
「じゃあ、これは?」
腕の中に引き寄せられる。
「ーっ!おいバカ、離せ!」
「その武器で刺す隙ならあったでしょ?」
「ほら……こうやって、私を離したく無いくせに」
誰にも無い行為。頬が紅潮した。身を委ねてしまいたくなった。
「こんなにもあたたかいんだよ」
望んでいなかったものだから、離れて行こうとするものに従えば良かったのに。
「………離すな」
その頃からか。心は欲しがってばかりいて欲張りだ。しかし、いつだって彼女には貪欲でいたい。
ここに居てと、今も2人の求め合いは続く。
堕転しかけた私を助けたシンは、ブァレフォールと契約。第6迷宮は消え去ったのだった。
「待ってた。おかえり」
優しく延べられた手。
それに縋って、今日も私は。
28.4.2
28.12.12 改訂
単行本”シンドバッドの冒険”4巻まで行きましたよ。
アニメ化も近いですね、巻いて巻いてハイスピードで来ましたが、それはエナとジャーファルの描写を多く取る予定でいるからです(笑)
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