焦るな!ジャーファルくん | ナノ



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【マリアデル商会 本部地下】


「こら!お前達。マーデル様を困らせるな」

マーデル様と共に商会に帰ると、彼女に子供達が寄ってたかるので、私はそれを制した。

「マーデル様は闘技場に用がある。戦えない者は下がってなさい」

「あいつ…ちょっとマーデル様に気に入られてるからって生意気」

「こら、喧嘩はダメよ。
安心してね。みんな私の大切な可愛い子供達よ。私の言いつけを守り、私の言うことだけを聞く利口なあなた達なら、必ずや立派な大人になる事でしょう。
喧嘩をせず、みんなで協力して私を守り、助け、これからも支えてちょうだいね」

「はーい!」「フフ…良い子達ね」

そのお言葉はマーデル様の素晴らしい御心であり、私の嫉く所でもある。
私、キースは元は奴隷の子供達と同等だったが、喜ばしい事に今はマーデル様に選ばれ、付人として常に後ろを行く身分になった。
子供達から離れた後、再び商会の奥へと進むその一歩後ろから、私はシンドバッドの対戦相手の話を持ち出した。
すると、既に決めて居たらしい彼女はこう言った。

「あの子以外に適役はいないもの」
「彼ですか」

「あら、不満?」

「いえ、そういう訳では…ただ、正直僕は苦手です」

苦手でない。嫌いだ。何も食わぬと澄ました顔をして飄々と駆け上がっていくその姿。気に食わない。
何にも属さない彼は、まだマーデル様の子供でない。彼女からの足枷を外されていない。その点では上にいる私は、違う方向から彼女に提示した。エナを遣う事だ。

「薬で強化された彼女なら、例え元主人でも…。
むしろ、確実にシンドバッドを殺さずに負かす事ができるでしょう」

「貴方がそこまで考えていたとは。
けれど、昨晩の様子を聞く限り、無理でしょう。
今の彼女は、鎖を外せば目の前の者を見境なく殺してしまう筈です」

「そうですか…」

「そうね、けれどシンドバッドを連れ戻そうとする者がいるでしょうから、その門前払いくらいには使えるでしょう。
シンドリア商会への良い見せしめになりますから」

「承知しました」

「私は今回、エナじゃなくあの子に期待しているの。あの子もきっと私の坊やになれるって…
さあ…坊や 貴方の出番よ。

「マスルール」」



シンドバッドは、見た目からは想像出来ない力を見せ付けたマスルールに負けたのだった。シンドバッドの第二の従者の少年はこれに抗議する為、マーデル様とシンドバッドに会わせろと駄々を捏ねた。





「だめだ!敗者は既にマーデル様の所有物。面会は許されん」

「お願いです一目だけでも…きっとこれは何かの間違いです!
あのシンが…負けるなんてありえない!!
きっとこれは理由があるに…!だからーーー」

「敗者は皆同じことを言う。勝負に偽りはない」

「でも!!」

「ええいうるさい!お前も奴隷にしてやろうか」

「くそ…!!」


シンは捕らえられエナも行方不明、そんな状況に苛立っていた。
此奴を気絶させてしまえと咄嗟に考え眷属器を構えると、その反応が無い。すると、騒ぎを聞いたマーデルが後ろに少年を添えて寄って来た。従者というより飾り物のようで忌わしい。


「あら…あなたは…シンドバッドのお供だった子ね。どうしたの?」

「おかしいと思ったんです!こんな試合!!やっぱり罠だったんですね!?」

「あら?何のことかしら?」

「シンがあんな簡単に負ける訳がない!全て仕組んだな!?」

「いいえ?あなたも見ていたでしょう、勝負はお互いに公平だった。ちょっと特殊な剣闘士を用意したけれど、それは攻略者であるそちらも同じ条件ではなくて?」

「!!……だが、」

「そんなに言うなら本人に直接聞いてみれば?」

「え?」

「連れてきなさい」

「シン…!エナ!」

頭が真っ白になった。
彼は鎖に繋がれ、汚い女の一声で動かされるまでに落魄れてしまった。手綱を引くのは虚ろな目をした彼女だ。

「負ければ私の奴隷になる。これはそういう契約なの。彼はそれを受け入れて勝負した。
契約書だって残っている。商人にとって契約とは違えないものよ…
そうでしょうシンドバッド?」

「ジャーファル……やめろ…
この人の…言う通りだ…俺は…負けたんだよ…」

「御覧なさい。奴隷になった当人の方が現実を認めているわ。
分かったら…とっとと帰りなさい」

「そんな…シン…」

その時。シンの目からはまだ意志の強さが感じられた。マーデルと従者、引きずられている彼は背を向け去っていく。

「ではごきげんよう。エナ、交代の時間よ。後始末お願いね」

「頼みます」

兵士はエナに代わってマーデルと同じ方向へ去って行き、その場には私とエナだけが残される。

「……エナ?」

近付いて何の反応もしない彼女の肩に手を置きいた。彼女も、人形に成り果ててしまったのか。目を背けたかった。

「エナっ、」

「近付くなっ!!」

「っ!!」

突如、上方から数本の苦無が降る。
反射的に避けれたが、真面に受けていたら穴が空いていただろう。何かのトラップか、それとも術か。
判断出来ない内に、今度は愛用している短剣で襲ってくる。私は避けることができず、地面に転がる。肩から一筋血が流れた。
上に伸し掛かろうとする、肩口をこれ以上傷付けられたら腕が上がらない。何とか縄縹2つで受け止めた。

何時もなら照れる筈の距離だ。
エナは、本当に、彼女の肩を持っているのか。それとも、シンを助ける為のスパイなのか。多少危ない道ではある。仲間である私と対峙し、一度でも殺そうとするんだから。
汗が流れる額の下から、一筋暑い涙が流れた。

その時だ。
虚ろで、黒も白も消え真っ青になっている彼女の目に、ふと光が戻った。半開きの口から、少し溢れた、


「シンバ…を、助け…」


一瞬の事だった。すぐに目は真っ青に戻り、右腕でトドメを刺そうと短剣を振り上げる。
目に夢中になっていた意識を手元に戻し、飛び敷いて距離を取った。

彼女が元々誇るその速さは、普段より何倍にも感じられる。間違いでなければ、闘技場の子供が強い事と関係してるかもしれない。増強剤、など、色々考えられる。


欲を出せば彼女とシンを連れ帰る事だった、せめて彼女だけでも、と思っていた。
しかし、眷属器を使えない不利な状態で彼女を抑え込むのは無理だ。限界を感じる。

断念した私は、彼女の斬撃を必死に避け建物の外に出た。

両手を地について、荒い息を整える。地面の一点を見つめて落ち着こうとする。



ダメだ。今のままでは。実力行使では。
正気を失っていた2人の顔が浮かび泣きそうになるが、思い直すように頬を叩いた。

大丈夫。まだ望みがある。
確かにエナは、エナの中に生きていたのだ。自分と自分でない何かの間を彷徨い、それでも私に会いに来てくれた。


商会に戻って策を練るのが最善だと思い立って、蹌踉めく足に鞭を打ち場を後にした。




俺は、ジャーファルを払った後マーデルに連れられ奴隷達のいる大広間に来た。
此処の奴隷はまだ未熟な子供達だ。ある程度の自由は彼等を懐かせる為。彼女の垣間見得た思惑に、容易く突破出る、そう思ってしまった。
そして、また自分を失いかける。


まだ私の 子供 じゃないわね。そう言って魔の声が導いたのは足元まで水がある暗い牢。油断しそうになるが、案外厳しいだろう。

折檻という実感が湧かないまま、数日が過ぎた。









その後のシンドリア商会は、お産から帰ったルルムを代理当主に迎え、シンとエナを救う為動き始めた。

そして、私達は具体的な行動を起こせないまま、シンが奴隷になって数週間、エナが奴隷になって1ヶ月が経った。




シンバは折檻部屋に何週間もいる変な新入りだと、子供達の間で噂が流れた。マーデルは彼を水牢に留まらず拷問でも追い込む。

まだ子供じゃない、
一体、その境界線はどこに引かれているだろう。それが曖昧な所為で、シンバはどれだけの恐怖を味わうだろう。


私がその部屋の番をする日もあった。
青い瞳、薬に侵されても心に響く苦痛な悲鳴に泣きながら歯を食いしばった。
拷問官の服に付着した返り血は、私の精神をも追い込む。

拷問官が出て行って扉一枚挟んだ所にいる彼。#助けられず苛立ちが募り、脚の力が抜け蹲んだ。

「シンバ…聞こえる?」


既に虫の息だ。可哀想に。私は続ける。

「ここでは誰も貴方を助けてはくれないよ。
ジャーファルや、外の連中を待つの。救ってくれるのは彼らしかいない」

「………」

「……絶対に、諦めないで」





「お前、は…良いのか」

「私は、」

声はいつもより嗄れている。けれど、しっかりと彼は応じた。

その時には、遅かった。

「黙れよ」

空気を切る音。身体から床に響く金属音。

「が、がはっ…」



鞭で打たれたか。体が痛い、動かない。
奴隷長のファティマー。隣には兵士が2人いる。


逃げられない。


「チッ、薬が切れたか。ここ任せんじゃ無かったぜ。おい、お前はココに立ってシンドバッドの見張り、もう1人は薬を取って来い、早急にだ」



シンバ……わたしは、



「俺は、この躾のなってねー奴隷を何とかしなきゃなんねーからな」

「わたしは、すてて」

「っ!!」


ファティマーに半ば引きずられ、苦しくて意識を手放した。


28.8.13
29.1.15 改訂


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