焦るな!ジャーファルくん | ナノ



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翌日、シンドリア商館に、私達が抱える多額の負債の返済を回収する為だと言い町の警吏が訪ねてきた。
覚えが無く、首を傾げた私達のいる部屋の隅で、誰かが蹲ってガクガクと震えている。
ヴィッテルだ。彼は大粒をぼとぼと落として泣いていた。

「ヴィッテル、お前が!?」

「わあー!ごめんなさいごめんなさい!
全部俺が悪いんですごめんなさいァァー!」

「お、落ち着けヴィッテル!」

「一体何があった?」

「ヴィッテル。この多額の負債について説明しなさい」

シンバ、ヒナホホ、ジャーファルの順にヴィッテルの顔を覗く。
海難事故により増えてしまった商会の貿易赤字。ヴィッテルは、自分で解決しようとレマーノの商人に縋ったのだが、騙され、多額の借金を抱えてしまったのだった。

「でも信じて下さい!俺は商会の為にと思ってしたんです。
こんな事になるなんて、考えてもいなくて…!」

言い訳する彼の頬をかすって、壁に何かが刺さる。縄縹は、ジャーファルから糸を伝っていた。


「…投資?借金?
何勝手なことしてんだテメェ…
商会の為だァ?んなの関係ねェー…

問題は、この落とし前どうつけるかって事だ。

テメェみてーなクソ野郎は…」


後ろで冷や汗をかく周りは、もう見えてない。
彼の怒りは頂点に達した。


「死んで詫びろや、ゴラアアアア!」



「ぶっ殺してやるオラアアア!」


「ギャアーー!」



「ジャーファル落ち着け!筆頭に戻ってんぞ!」

「うっせェー!雑魚どもが俺に指示すんじゃねぇ!」






シンバとヒナホホが2人を止めて、場は何とか収集がついた。
なぜ早く言えなかったのか。シンバが問うと、昨日の宴会の雰囲気に呑まれ言い出せなかったとヴィッテルは答えた。

打開策を練り始めた私達だが、その中でジャーファルは投資が妙だと言い出す。それにはシンバも口を揃えた。

「ヴィッテルが買わされた商品だけそのあと急速に値崩れを起こしている。これは偶然なんかじゃない」

「何者かが意図的に商品の流入を制限し、投資後に大量流出させたとしか考えられない。
そうやって市場価格を操作した痕跡があります!」

「つまり、この 投資 は最初から詐欺だったって事だ…」

市場の操作。最近は関わりが無く頭の隅に追いやっていた。基礎的なビジネス用語。

未開の地レマーノの商人に嵌められたのだ。
頭の回転が早いジャーファルは、1つ提案した。

「シン!ここは商人組合と話し合いましょう。
投資が詐欺だと証明できれば借金も帳消しにできるかも……」

しかし、シンバは否定する。

「照明にどれだけ時間がかかる?その間にこの商会は差し押さえられ、借金は増える一方なんだ。
俺達には時間がない…


だから!」

「…うわっ!」

急に体が宙に浮いたと思えば、背中と足に手が回っていた。シンバは私を抱えバアルの力で上空へ飛び上がったのだ。

「そいつの居場所を教えろ!ヴィッテル!」

「シン!?」




「直接、相手と話をつけてくる」





【レーム帝国 帝都レマーノ】

まだ日は変わらない内に、私達は到着したようだった。
見下ろす先にはレーム帝国の最高司祭シェヘラザードが高見から傍観するマリアデル商会の饗宴。
多くの商人が乾杯の号令を待っていた。シンバと私が着地したのは彼等がちょうど盃を空に向け上げた時だ。大きな音が立ち、騒々しさが増す。

「な、なんだ!?」


「邪魔してスミマセン。ほらシンバ、自己紹介」

空から降ってきたくせに空気を読まない奴等だと思われない内に、要件を伝えよう。肘で小突くとシンバは、ああ。と頷いた。

「私はナーポリアのシンドリア商会当主シンドバッド。我が商会に対する不当な損害について話をつけに来た!マリアデル商会当主はいるか!」


「怪しい奴め…衛兵よ!あいつを捕まえろ!」


衛兵が商人達の間を縫って出てくる。不信感を持たれ過ぎたか。焦る私の横で、シンバは堂々としている。

「上じゃなくて横の方が良かったな」
「どっちから入っても同じでしょ」


その時。一等高い所から声が掛かった。



「おやめなさい」



女の声だ。中央のカーテンの掛かったソファに座るシルエット。彼女はこう続ける。

「構わないわ。彼も、うちの取引先ですから」

「マーデル様!?」

従者の子供はその、マーデル様の発言に驚く。
彼女は、対等に言葉を交わすつもりのようだった。







負債は清算され、シンバはシンドリア商会へと帰った。商会は今日にでも通常業務に戻るだろう。ヴィッテルはまた泣くんだろう。少し笑えた。

私は1人レマーノに残った。マーデルを尾けて本拠地の情報をシンバに流す為だ。
正直、不安で仕方無かった。立ち込める暗雲を払えず、しかしシンドリア専用の暗号機を律儀に打ち続けた。

3日後にはシンバと合流できる。彼といれば、きっと拭えるだろう。
多額の負債を帳消しする条件、マーデルの持ち出した彼女の商会の特別行政区リア・ヴェニス島での健闘試合。
私達は合意し、契約した。勝敗に関わらず負債は帳消しになるが、負ければシンバはマーデルの奴隷となる。

誰もが彼を信じた。
彼も自信に溢れていた。


しかし、私達の傲慢さは失敗を招いた。










【マリアデル商会 本部地下】

「キース、エナの調子はどう?」

「折檻も拷問も、効き目はありませんでした」

「そう…ではキース、彼女に薬を。

彼女が…エナの力が必要なのよ」







28.8.5
29.1.15 改訂
題名の海シリーズに限界が…これからは編ごとに変えていきたいと思います。今回はこの話で多くあった感情、”心配”です。


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