焦るな!ジャーファルくん | ナノ



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○ビヴィ

「エナ。まだ起きてるだろう」

「…ん」

捕まった日の夜、慣れない寝床のせいか何となく寝付けずにいた。

ビヴィ、いや、リーナという女兵士は、部屋の見張り番の同僚に戻って良いと告げ、彼女が去った後に檻の鍵を外してくれた。
私は大して驚いた様子も見せず、むくりと起き上がり憎まれ口を叩く。

「あの人、結構面白かったのに」

「私が相手でも退屈しないと思うが」

「ビヴィの目的次第だね」

「リーナと呼べ。まあ、そうだが」

「何で鍵を開けた?」

「逃げないと分かっているから」

「私が?」

「他に誰がいる」

「…そっか」

逃げられない、確かに。
抵抗すればシンバ達に何があるか分からないからだ。今頃、捕らえられているのかもしれない。
彼らは男だから、自分よりも環境の悪い所…
冷たい牢屋か、←不正解
山か、←惜しい
あるいは谷か。←大正解
だから、迂闊に攻撃を仕掛ける事は、今の自分にはできないのだ。

「何をしてる、早く来い」

「う、うん」

「ここに座れ」

ソファに腰掛ける。彼女は窓際に立って夜のアルテミュラを眺めていた。


「どう?良いものでも見える?」

「言うまでもなく、素敵なものが」

「そんな事を言って。
今のビヴィにはこの国の全てが素敵に見えるでしょう?」

「私を逃がしたくせによく言う」

「まあね」

ふと、彼女は私の方を振り返って聞いた。

「エナ」


「私がここの兵士になるのは、計算のうちか?」

「…全く。思いもしなかったよ」

「ふふ、そうか」

そう満足気に笑う彼女の得た物。私は自分にとってのそれを知らない。
彼女の反対側にいる私は、いじらしい笑みを浮かべて一言だけ足した。

「名前も捨てるなんてね」

「それは…すまなかった」




気持ちがあるなら帰ってきてほしいよ。ビヴィ。
それを吐き出すだけの空気を、私は体内に送り返した。





○教育係


「エナさんにアルテミュラの事を学んで頂くため、教育係になりましたジーラです」

「ピスティです!」

檻の中から出され、机と向き合って椅子に座らされた。
ジーラという女とピスティという子供が可愛らしく私に挨拶する。
それを冷めた目で見つめる。

「なんで私に教育係を?しかもその子供…」

「貴女も子供でしょうが」

「まあそうですけど」

「私、ピスティ様の昼間の世話係も受け持っているのです」

「へえ」

「恥ずかしながら…
貴女の教育係は大勢の立候補兵士の中からジャンケンで勝たせて頂いたのです」

「ジャンケン選抜?まさかの、」


「しかし、ピスティ様の子守、そして貴女の教育と、
正直私のキャパシティーは限界に達しているので。

貴女の文句は控えて頂きたく」



「やめてしまえええ! こんな仕事!」




○道案内

私は、王宮内を自由に出歩ける位ミラに認められるようになった。
シンドバッド達と離れてから3週間後の事。
そして今。迷っている。

ミラが定期的に開くという宴に招待された事は良いが、宴会場への道を聞くのを忘れてしまったのだ。宴会は王宮ではやらないからな。
ここまで言ったんなら酒場まで教えて欲しかった。
門番のいない王宮の裏口に来たところで、私は1番最初に来た兵士に聞こうと待ち伏せしていた。

「あ、エナ!」

「ジーナ!早く!」

1番はピスティだった。彼女はまだ王宮にいる人を呼ぶ。

「ジーラじゃないの?」

「ううん、ジーナ。夜の世話係よ」

「紛らわしいね」

「エナも行く?」

「うん、行くよ」

そうか。ピスティも行くのか。
やがてジーナが追いついて出て来たところで、3人は同じ道を歩き始めた。
その時の私は、何も考えてなかったのである。



○世話係

「着いたよ!ほらここ!」

「ここって…?」

「みんな待ってるから早く!ジーナも!」「はい…!」

少し頬を赤らめたジーナ。

明らかに此処は色街だろう。
はて、ミラはこんな所で宴を開くのか。

「…随分と性におおらかな」

「そう、オープンなのよ私達」

そして並んでいる店の1つに入り、ピスティはジーナに話しかける。

「ジーナ、今晩はどの人がいい?」

「は?」

「エナも、気に入った人を選んで!」

「気に入った人を1人、連れて行く決まりなの?」

「普通はそうよ、ねえジーナ?」

「その通りです。エナさん、お先にどうぞ」

「え?お先にって言われても…」

「さあ、どうぞ」

「あの人の筋肉!ガッシリしてるよ!どうかな?」

「え…え…」

「エナさん、さあ、本能が選ぶ人を」

「………


ピスティ、1つ聞いてもいいかな」

「何?」


「ミラ女王は、この奥にいらっしゃるの?」

「いないわよ」

「今日ミラ女王様は、此処と反対の西の酒場で宴を開いていらっしゃいます」

「反対側…」

「どうしたの?エナ」

どうやら、ピスティとジーナの男漁りに付いて来てしまったようだった。

「お選びにならないのですか?」


「世話係だろ!!
やめてしまえええ!こんな仕事!!」


後日

「お世話係のジーナの性欲は、私がお世話してあげるのよ」

「よく胸を張って言えるね……」





○ハグ

「ジャーファル!ただいま!」

走って抱きつかれ、私は慌てて受け止めた。

「おかえりなさい、エナ。

ケガはありませんか?」

「ない。けど…」

「けど?」

「寂しかった」

「え…!?」

泣きそうな声を振り絞って、気持ちを伝えた彼女の力が増す。
頬は紅潮し気持ちが高ぶる。
エナの背中に手を回した。

「…ジャーファル」

「はっ、はい…」

甘えた声で名前を呼ばれて、クラクラして倒れそうになる。

「無事でよかった」

「無事ですよ。エナも無事で良かったです」

「シンバ達と何をしていたの?」

「それは船でゆっくり話しますよ。
長くなりそうだ」

「うん。出航はいつ?」

「明日には」

「そっか」

「はい」

2人の間には、ゆったりとした、けれども誰も邪魔できないような空気が流れる。

「ジャーファルの匂い、落ち着くね」

「…あっ、ありがとうございます。
エナも、良い香りがします」

「そりゃ、しばらく王宮の柔軟剤使ってたからね」

「ああ…でも、エナはいつも良い香りしますよ」

「私の匂いなんてないよ?」

「いいえ、あります。ふわっとね」

「ふわっとねって、可笑しいね。
次の任務までには薄くしとかなきゃ」

そう言って服の匂いを嗅ぐエナは、次の密偵任務までには本当に消してくるのだろう。
赴いた先では残すべきでない彼女の存在する証拠は、いつでも此処にあればいい。更に強く抱きしめた。




○疲れた

「おいエナ!
お前…アルテミュラ国民のキャラが濃すぎてツッコミばかりしていたそうじゃないか!エナらしくない!」

「その通りだよ…疲れた」

「エナちゃん、お疲れ様」

「肩に手を置いて優しくして…
色街で外れたからってエナで癒されようとしてるのが見え見えですよミストラス」

「ぎくっ!!」


28.7.29
29.1.9 改訂
身の為に海底は見るな、とはあまり奥深くまで知らない方が良い事もある、アルテミュラの国を指しています。色街。。。


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