焦るな!ジャーファルくん | ナノ



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「それで…何人目になる?」

「……3、かな」

「また逃げられたか」

「不慮の事故って可能性もあるから、まだ。わかんないよ」

「いや。無いな。彼処でお前の部下が不利な状況になる事は考えられない。
戦いに行った訳でも無いからな」


確かに、既に女流国家だという情報も入っていたし、部下の性別も女だった。

アルテミュラに向かわせたビヴィが音信不通になってから8日。
互いに目を合わせずに、窓際で外を見ながら話すシンとエナを、少し離れた場所からミストラスと私は静観していた。

「ジャーファルさん、」「はい?」

「3人目って、どういう事ですか?」

「密偵任務中に音信不通になった者の数ですよ。全て、エナの部下です」

「そうなんですか…」

ミストラスは哀れむように下へ目線を落とす。

「エナさんだけじゃなく、部下も密偵を?」

「そうですね。他にも仕事はありますが。
エナと行動を共にしなくても、商会にも何人か残っていますし、他の国へ情報収集に行っている者もいるのですよ」

「じゃあ、結構人数割いてるんですね」

「いいえ、言う程では無いですよ。
スタートの密偵は4人でした。今はビヴィが居なくなって1人になりましたが。」

「なぜ減ったんですか?今回で3人目なんですよね?」

「…おそらく、エナの優しさが仇になっているのかと」


エナの部下は、故郷に帰りたくても帰れない者が多いんです。


理由は様々だが、只の旅行のつもりが内乱の悪化により国境を跨ぐ事が出来なくなった者。
彼らをシンが勧誘したのだ。
ところが、船に乗れば故郷へ帰れる、と希望を抱いて付いて来た矢先にシンは商館を建てたので、彼らの目的の達成は危うくなってしまった。

船には、偶にシンや使いの者が乗る程度で、その時他はお留守番。使いになるには、信用が必要なので時間がかかる。

諦めようかと思ったその時。彼らはまだ打つ手がある事に気付いた。それはエナの仕事である。

当時、エナには既に部下がいた。数人だが純粋にシンに憧れて商会に来た者で、後に古参組と呼ばれる。彼らはエナの密偵活動中の途中報告を元に報告書や統計データを作成したり、私の会計の仕事も手伝ったりする。

私は手伝いますよ、と声をかけられた時、必ず1回は遠慮をするのだが、その時には
例えエナさんとジャーファルさんでも、まだケツの青い坊ちゃん嬢ちゃんだから、面倒見なきゃな、
と言う。
彼らは兄貴肌、姉御肌なのである。


しかし、そんな頼りになる彼らも、一般的な能力だけではエナの仕事を現場まで見守る事は出来ない。

彼女の行う密偵は言い換えてスパイ。
優れた精神力に思考回路、運動技能や適応力は基礎である。
格上の相手を捩じ伏せる術や自分を格下だと思わせる術で、情報漏れを防ぎ、身を守る事も肝心だ。

商会の中でも極めてハードと言える裏仕事。

部隊が始動したばかりの頃、実働するのはエナ1人だったのを見て、私もその仕事に就くとシンに申し出た。
仕事を安易に考えていた部分もあったし、デスクワークでは力を持て余すと感じていたからだ。

それには、シンもエナも口を揃えて断った。

ジャーファルには俺を近くで見守って欲しい。何するか分かんないからな。

大丈夫。1人でもできるから。それにジャーファルだけは、居なくなっちゃダメだよ。

2人の言い訳には含まれた何かがある気がしてならなかったが、深くは考えない事にした。
シンがダメだと言えば、それは絶対なのだ。




私の噂を聞いたらしい5人は、後にエナの部下を志願する。


「いいか、エナ。彼らの訓練だが、お前には任務が入っている。空いた時間にだけ臨時講師に入れ。
通常、武術はヒナホホ、ジャーファル、ヴィッテル、マハドで回す。勉学に関してはジャーファルとお前の部下を充てて回せ」



エナと古くからいる事務担当の部下達は、事前にマニュアルを作り、シンに提出した。本当に11年しか生きていないのか疑う程に多い知識量を叩き込むつもりらしい。
それは今にも倒れそうな程積まれた塔であり、シンの冒険譚と一緒に世に出したら良い費用になりそうだった。


エナが臨時でしか入らないのは、まだ10しか歳を数えない上司の威厳を保つ為でもあったが、出張る任務が多く忙しかったのも事実だ。

同じく私やヒナホホも忙しかったが、基本的には商館から動かない仕事である為、ローテーションで組まれた。そして、訓練は闘技場で実際に体を動かすか、椅子に座らせ戦術を語るかは自由だった。

担当する講師によって個性は著しく出るもので、ヴィッテルの時には穏やかに、喋らないマハドの時には座学は無いに等しかった。
ヒナホホにはお父さん、と尊敬の眼差しが降りかかる中、
私の時には物怖じして腹を下す根性無しが1人辞退し、生徒は4人になった。

基礎教養を主に教えたのは、効率が良く、また仕事が早い私の部下達だ。
寝る者は容赦なく用意した棒で座禅宜しく背中を叩き、時には後ろから縹が飛ぶこともあった。それは私だ。

更に臨時としてシンが入った時、生徒の4人は、年下の偉大な講師に歓喜していたものだ。



そうして最後まで振り落とされなかった4人は、密偵として高度な技術を身に付けた。
国の様子を見に行くだけなら朝飯前の仕事だ。しかし、内乱が起こっていたり、然程関わりの無かったりする国の密偵をする時。
民衆に溶け込むだけで無く警備をくぐって王宮内に忍び込む事もある為、情報を持って帰るのに苦労するとエナは言う。


それを聞いても尚、付いてきた4人は余程愛国心があるのだろう。以前、部下の1人、キダチという男がエナに問うたのを聞いた事があった。
この頃から広い部屋をエナと使っていた私は、夜にココアを飲むか聞きに彼女の執務室へ訪れたのだ。
キダチは翌日に他国の密偵を控えており、彼女と任務の最終確認をしていた。
私は、扉の前で話が終わるのを待つ事にした。
彼は分かりましたと頼りある返事をした後に、少しの沈黙を挟んで、こう言ったのだ。


「エナさん。任務中に命を落とす事って。あるんでしょうか、、」

エナは、微笑んだような息遣いをして、

「大丈夫だよ。心配いらない。4人の中では初めてお前に任すけれど、それはキダチが特に優秀だからだよ」

と言った。

「もし此処にも帰って来られなかったら、その時は、」

先は聞こえなかった。キダチがボリュームを下げたのだ。次の瞬間には、エナの怒鳴り声が聞こえた。

「やめろ!!!それだけは言うな!」

すみません!明らかに動揺した素振りで走り去るキダチを横目に見る。それから私は執務室に入って、泣いていたエナをそっと抱き締めた。




音信不通の1人目は彼、キダチだった。
2人の休暇が重なった日。何処かで放浪しているかも、と言い、まだ希望を捨てないエナと彼の任務先へと赴いた。

拠点にしている筈の小屋に到着したのは夜だ。まず目に入ったのは、縄がかけられた椅子と、自白剤だった。
明かりを持って中に入ると、エナは目を見開いた。私も、息を飲まずにはいられなかった。

奥には、息をするのを止めたキダチが横たわっていたのだ。
彼から広がるその中で、転がせてあるナイフが嫌に際立っている。

エナは近寄って、それを近くにあったテーブルクロスで拭いた。名前を呼んでも返事をしない。しばらく無言で手伝った。
朝方、追加の自白剤を持ってきた男達を倒してから、エナはやっと喋る気になれたようだった。


「故郷まで、送ってあげよう」

私達は小屋をそのままに、町の葬儀屋に足を運んだ。都合良く、長い休暇を取っていたので、そのまま箱を抱えて船に乗り、キダチの故郷へ向かった。
そこで、私はようやくエナに聞くことが出来た。

「キダチは、あの時何と言ったんですか」

「私が怒鳴った時?」

「ええ。あ、盗み聞きした事は謝ります」

「いいよ、慰めてくれたしね」

エナは溜息を吐いた。



「此処に還して、って。言ったのよ」



もし此処にも帰って来られなかったら、その時は、私を故郷に返して下さい。


「プレッシャーのかけ過ぎか、実践不足が原因の不安か。色々考えたの。
でも、考えてもダメだね。紛らわしてもショックは残っちゃう。
死の恐怖に襲われながら任務に行く人は、飲まれてしまうって分かる筈なのにね」


エナは、何処かで見切りを付けて踏ん張って欲しいようだった。何処かで恐怖を捨てなければ成功しない、そう考えるようだった。


それは違いますよ、私は口を挟んだ。

「何処かで克服したかもしれないでしょう。

小屋の椅子と縄、自白剤は貴女も見たと思います。キダチは恐らく、必死に抵抗したんです」


商会の事を漏らすまいと。私達を守ろうと。
エナは泣いていた。その涙を掬ってやって、私は続けた。

「最初は故郷に帰りたい、その一心だったかもしれません。
けれど、人には誰だって情があります。
キダチは特に情が深い人だった。
ここで色々な事を学ぶ内に、シンや、エナにも情が移ったのでしょう。

でなければ、あっさり私達の情報を吐いていた。解放されれば後は楽に生きれますから。態々抵抗なんてしなくても良かった。そうでしょう?」


エナは、声を出して泣き始めた。
今すぐ腕に閉じ込めてあげたいが、まだだ。
彼女には誰かに甘える前に考えなければならない事がある。

自分の物差しで測り、価値観を決め付ける。
幼いという言い訳は、人の上に立つ私達にとって放棄しなければならない物だった。

西陽が差して、目を細めた。目の前のエナを視界に捉え難くなる。
不意に、彼女が私の背中に腕を回した。私は過剰に反応してしまった。
彼女は、体をビクつかせる私を離さないよう、腕の力加減を調節した。

まだ伝えていない事があるのに。

抱き付かれて感じる場違いな安堵は、彼女にどうしようもない憧れを抱いている証拠だ。





どんな気持ちで行ったって、帰って来ることが出来る人はいるかもしれない。
希望はある事を彼女に伝えたかった。

けれど、確証が無い。
自分が歩んできた12年間の中で、帰って来るのはいつも生に執着する者だったのだ。




互いの経験不足、未熟さ。不甲斐なさ。
勇敢さに気付かず、彼の手で生命を絶たせてしまった後悔。
今の私達はそれを1つに包めて、嘆き合う事しか出来ない。



それからのエナは、任務に就かせる事を躊躇うようになった。なるべく自分で赴くか、同行させていた。単独で向かわせる時には必ず各々の故郷を指定した。例え恩を感じていたとしても、生まれ育った場所に私達は勝てない。
当然、帰らない者が現れる。
ビヴィは、その1人に加わった。


29.1.5 大幅改訂
サイドストーリー、ですかね?ジャーファルと一緒にマギ世界の問題について、真剣に向き合わせたらこんなに長くなってしまいました。


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