天照院奈落。
風情のある名からは想像もつかぬ数々の悪業に、取材に失敗した記者は数しれず。
まるで古代の遺物ようだ。古びた門を睨み、男はその下を潜る。

簡易なインターホンを押すと、屋敷から上品な足音が聞こえる。
男は謎のベールを一枚一枚めくるような感覚に心を躍らせた。この謎に包まれた組織の全貌を明かすことなど、今まで幾度となく取材を成功させてきた自分の手にかかれば、みかんの皮を剥くよりも容易い。簡単に裸を晒す繁華街の遊女を想像して、男は舌舐めずりをした。


「お待たせしました。週刊あまんとの楽田さん、ですね。案内を務めます。副官の遍です」


随分と簡単に手懐けられそうな男が玄関口から顔を出した。飴玉の目は犬のようだ。しかし目周りの皺は疲労困憊を主張していた。さらに目下を通る厚みのない鼻、それらを支える薄い体は生真面目な江戸の者に現れる特徴だ。


「まずは長官室へご案内しますよ」


廊下を先導する彼はある部屋の前で足を止めた。楽田は後に続き部屋の中に入る。

時間通りの来客だったからか部下は落ち着き払い、綺麗な会釈をし退室した。何よりも綺麗な佇まいを見せてくれたのは長官の透だった。整った顔立ちはさすが一組織の長と言うべきかまだ若いだろうに貫禄がある。長いベールのまつ毛に包まれた怜悧な眼差しは男のようだが、肩まで申し分程度に伸ばされた亜麻色の髪が女であると主張している。彼女に気を取られ見損なっていたが、厳粛なつくりの執務室に楽田はへえと感心した。


「こんにちは。私から出迎えできず、申し訳有りません。長官の透です」

「偉大な方です。地震、雷、火事、親父……..どれでも気軽に呼んでやってください」
「気軽に呼べそうにないんですけど」

「今回は取材とお聞きしています。どうですか、今日はこの後に精鋭部隊を動かしての任務があるのですが」
「それは、あの……いいんですか!ご一緒しても!」

あああ。いけない。思わぬ棚ぼただったものだからつい飛びついてしまった。記者はがっつくと嫌われてしまう。楽田は顔の肉を引き締めお願いします、と頭を下げた。





「さ、行きますよ」

なにこの圧倒的アウェー感。いや記者である限りアサシンである彼らとは違いが生まれるのも仕方ないと思う。しかし、だ。楽田は彼らの格好に不信感をあらわにした。カーキのつなぎにとてもメカニックなリュック。リュックからはパイプが繋がりパイプの先には排出口がつけられている。背中には驚き顔のマシュマロに禁止を意味するマーク。アメリカのハロウィンで見たことあるような格好を揃いも揃って、長官までしている。

「あの……一応聞いていいですか」
「はい」
「これって、今から人殺しに行く格好なんですか」
「あなた、何か勘違いされたのかもしれませんね。うちは幽霊退治会社、ごぉすとばすたぁずですよ。殺すのは人ではなく、お化けです」
「いや思いっきりアウトですよね」
「あ?」

蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだ。蛙どころか人を殺せそうな眼力に楽田は黙って頷くしかなかった。






「やってみますか」

精鋭、と言われる部隊が廃墟の病院の幽霊を退治し終わった後、楽田は気疲れしてしまいヘトヘトだった。先ほどから退治している幽霊はどう見ても生きた人間にしか見えないし、その幽霊から血が吹き出ているのが何よりの証拠だ。でも、ようやっとこの暗殺組織の裏が取れたというわけだ。あとは堂々明日の一面を飾ってやるだけだと妙に清々しい気持ちになってお疲れ様です、と透に声をかけると彼女はああ、と喉から唸り、

「楽田さんのためにあと一人残しておきました。どうです。あなたもバスターしませんか。自分の手を汚…体験してこそ本物の記事が書けると言うもの」
「え、自分は……とんでもない」
「ええ。確かにとんでもない。暗殺組織の闇を勝手気侭にほじくり返して、楽にボーナスをもらえるとでもお思いですか」
「……いいや!私はこんなつもりじゃ!」
「人殺すか、取材捨てて帰るか、選べ」
「ヒィィィィッ!!!!!!」

楽田は一目散に走り去って行った。足先に落ちたメモとカメラを遍が拾う。メモのページをめくって、やっぱりかと呟いた彼に透は別にいいですよと声をかけた。

「働きづめの従業員のいい息抜きにもなりましたし。ハロウィン前にこうして仮装を楽しむのも一興。さ、次来た記者にはどんな応酬をしてやりましょうか」
「ほんとこの人……鬼だな」

出番のなかったましゅまろまんが惜しいとぼやく透の背中を見送りながら遍は背筋を震わせた。


30.10.20