「王政……崩壊……?」
レアの、新聞を握りしめる手は震えている。
横で新聞はもう読み終わったのかレアの顔ばかり見ているリヴァイは、そっと彼女の頭に手を置き、慈しむように撫でた。
「良かったな。レア。長年 お前が頑張って人を殺したおかげだ」
「何、その言い方。皮肉くさ」
「もう人は殺すな」
「私が殺人鬼に見えてるの?」
「違うよ、レア。リヴァイは心配してるんだよ。レアが傷つくところはもう見たくないってさ」
「え?そうなの?ハンジ」
「だろ?リヴァイ」
「知らねえよ。勝手に勘違いしてろ」
全く。ただでさえ愛想のない態度と喋り方してるのに、その上 素直じゃないんだから。
「人類を思えば………ハンジやリヴァイ、レア皆の命を見捨てるべきだったのでしょう。
私が常日頃 仲間を死なせているように。
自分の命と共に責任を放棄し、王政にすべて託すべきだったのでしょう。
人よりも……人類が尊いのなら……」
王政崩壊から一夜たったその日、エルヴィンの目には朝日と似ても似つかぬ暗さがすんでいた。
馬車に揺られ、隣に腰掛ける総統のザックレーも、彼の境遇は哀れだと同情するほどだった。
「君の使命は相変わらず辛いな。死んだほうがはるかに楽に見える」
「総統は、なぜ王に銃を向けたのです」
「昔っから王政が気にくわなかったからだ。
寿命が尽きる前に一つかましてやるつもりだった。人類のためなど、ハナから興味がない。
私は大した悪党だが、しかしそれも君も同じだろう?君は死にたくなかったのだよ。違うか?」
エルヴィンは昔を思い出した。今も瞼の裏側に眠る、幼い頃の光景。教壇に立つ父の姿。
そして逃げた。英雄という言葉に苦しみ、それでも人類のために身を粉にするレアに、
地下から引き上げ、たくさんの責を負わせてしまったリヴァイ。
あの純粋な二人の眼差しから。
「自分はとんだ思い上がりをしていたようです。私には夢があります。子供の頃からの夢です。」
「エレンが食われるだと?」
「なるほど。エレンを食べれば巨人になれるの」
「そう。レア。レアの班の潜入捜査の報告書が上がってるよ」
「ありがとう」
「何の捜査だ」
「ヒストリアの、レイス卿の領地に潜入させてたのよ」
「こんな暴れまくってた間に,,,大したもんだな」
「そうね。ハンジ、今教えてもらえる?」
「ああ。分かったよ。レアならすぐ知りたがるだろうと思ってた」
ヒストリアは使用人との間にできた隠し子、レイス家は他に5人の子宝に恵まれていた。
使用人の母と一緒に農場で暮らしていたヒストリアだったが、マリアの壁が陥落した後、ロッド・レイスが迎えに来たのだという。
それはロッド・レイスがちょうど自分以外の家族を全員失ってしまったからであり、その事実は彼がレイスの血統を重んじているということを明らかにしている。
「なぜ血を大事にしているのか、その理由はわからないの?」
「そうだ。なんか関係あるのか」
「あの。ハンジさん、二人の居場所は?」
「ああ、そうだ。レア、リヴァイ。この話は後でにしよう」
話の続きが気になっているらしいリヴァイに蛇睨みされたミカサは萎縮するが、レアの「あ、そっちの方が大事か」という言葉に救われた。レアが言えばリヴァイはほぼイエスと頷くからだ。
「エレンとヒストリアはおそらく、礼拝堂」
「エルヴィン。困ったぞ。王政幹部は皆、同じことを吐きおったぞ。お主と父君の仮説通りじゃ。
レイス家は人類の記憶を都合よく改竄できるというわけじゃ」
日も傾いた頃。ピクシス司令は副官のアンカを引き連れ、エルヴィンに伝えた。
「なるほど……」
「レイス家がエレンの持つ叫びの力を手にしてしまったら……」
もっと最悪な事態になりかねない。エルヴィンはエレン救出すべくモブリットら部下の出発仕度が終わると、颯爽と馬に乗り、指揮をとる。
革命は成功した。王政はひっくり帰った。しかしこれが本当に人類のためなのか、それは分からない。
ただ、ここでエレンを失ってしまったらまた記憶を改竄されて、一から振り出しに戻るのだ。
それだけは御免だ。生きているうちに、父の仮説を証明しなければ。
「これよりエレン及びヒストリア奪還作戦を開始する!!
目標と思われるレイス領地礼拝堂を目指す!!」
「分かったか?切り裂きケニーだ」
リヴァイがまた急に何を言い出したのかと思っていると、あの対人制圧部隊の話だった。
切り裂きケニー。おそらくあの時リヴァイを追っていた、ハットの男のことだろう。
「おそらく奴が一番の障害になる。
脅威の度合いで言えば…そうだな。敵に俺が一人いると思え。いや……あの武器がある分俺よりも厄介だ」
「さらにエルヴィン達との合流も待ちますよ」
私が途中から言葉を継ぐと、サシャとコニーが弱音を吐いた。
「じゃあ…無理ですよ私たちでなんて」
「合流を待つってのも尚更」
「絶対ダメ」
それを律したのミカサだった。モタモタしていたらエレンは食べられてしまう。
「しかし一緒に暮らしていたのに切り裂きケニーの情報がそれしかないってどういうことだよ…リヴァイ」
「悪いな。奴のフルネームを知ったのも昨日が初めてだ。
アッカーマンと言っていたが、ミカサ。お前の親戚だったりしてな」
「父のアッカーマン家は都市部で迫害を受けていたと聞きました」
「お前……ある時突然力に目覚めたような感覚を経験したことがあるか」
「…………あります」
「ケニー・アッカーマンにも、その瞬間があったそうだ」
「ある時、ある瞬間から突然……信じられないほどの力が身体中から湧いてきて、」
「おいレア。急に何言い出した」
「何をどうすればいいかが解る」
「レア副団長。そうです____あの時」
「人を殺したことがある。5歳の時だ」
「急に、力が植え付けられたみたいに____」「レア。お前にもそういう瞬間があったのか?」
「いや、ない。
その口ぶりだとリヴァイ。あんたにはあったみたいね」
「俺には_____そうだな。あった」
「……じゃあ、やっぱり。あなたがいつも私を一番に見つけてくれるのは、全部」
「は?」
「ちょ、っと!何見つめあっちゃってんのさ。こういうのは夜にやってくれ。あ、もう夜か」
「ああ。もう夜だな。
レア、あとで続きを聞かせろ」
先頭の馬が停車して、私やリヴァイはそれぞれ乗っていた馬から降りる。
これだけは言っておかなくちゃ。そう思って、私はリヴァイとハンジを呼び止めた。
「リヴァイ。オレンジの髪の男に注意して。あの男は気配を消すのが上手い」
「気配を消すだって?それは君よりも上手いのかい?レア」
「何言ってんだハンジ。こいつは元々下手だろうが」
「そう、だね」
不正確なものが確信に変わっていく。そんな感覚だった。
礼拝堂の中にはある扉が隠されていた。おそらくエレンもヒストリアもその中にいるのだろう。
「あった!私が予想した通りの地形だといいんだけど…」
「副団長!準備整いました!」
「分かった」
「お前ら、手を汚す覚悟の方はどうだ?」
リヴァイは104期の面々の表情を確認した後に、私を見て頷いた。
「_______行くよ」
扉を開けて、まずはハンジから足を踏み入れて行く。その様子を見ていると、不意に肩を掴まれた。リヴァイだ。
彼は迷いのない、意志の定まった瞳をしていた。そして、「ご苦労だが」と始める。
「長く、人を殺してきた_____。
お互い。これで最後にしよう。
今まで辛い思いをさせて、悪かった」
「ふっ。なんであんたが謝る必要があるの、リヴァイ。私が、あんたに辛い思いさせたの。
_______でも、死ぬときは一緒ね。
地獄は…きっと一人じゃ寂しいだろうから」
「死ぬかよ。どうせお前も俺も、死に後れだろ」
30.8,13
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