12愛してる

「今は、今の世は、正しいことをすると罰が当たります。私はもう、戦うことに疲れました。
希望という光なんてこれっぽっちも見えない。」


レアは本棚に背をあずけて、寓意にそう言った。彼女に好意を持っている俺は、しかし厳しく言葉を選んだ。

「罰が当たるのも、希望が見えないのも君だけじゃない。
精神的に参ったのだろう。今日はもう休みなさい。」

彼女の酷く疲れた顔が、更に歪んだ。目を潤ませて、口を極めて付け足した。

「エルヴィン。
しかし、私は人の上に立つのも得意ではないのです。英雄とは程遠いのに英雄と言われるのも嫌なのです。
もう、降ろしてくれませんか。」

「そう思ってしまうのも、やはり君に休息が足りないからなのだろう。
ここ最近は息をつく暇もなかった。」

大きな代償を払ったが、ウォールマリア奪還作戦は失敗に終わった。
調査兵団は王政や資金援助団体の信頼を失くした、今までよりさらに多くの仲間も亡くした。
レアが母親を見捨ててまで救った命、ゲルがーの父親たち臨時兵士でさえも、中央憲兵預かりとなる。

行く末を分かっている私達の精神は、削られるばかりだ。
その中で、耐えきれなくなり心の悲鳴を上げた人物がいた。それがレアだ。

上司として助言するなら、これからも彼女は、リヴァイと共に人類の英雄としての柱を築いてもらわなければならない。だからもっと頑張れ。そう言うべきなのだろう。しかし反面、彼女を本気で心配するただの男としての自分もいた。

そんな二項対立があって、彼女を見るに耐えきれなくなった私は男としての自分を選んだ。

「私に何かできることがあるだろうか。」

暫く驚いたように目を見開いて、あろうことかレアは、私のジャケットの裾を掴んで距離を詰めた。そしてベッドが置かれている方を指して、羞恥からか顔を俯かせた。

「では、息をつかせてくれませんか。」

その言葉、一連の動作から分かるだろう。彼女はこの欲求を満たすために、私を誘っている。



誘われたままに傾くのもいいだろう。それが私の本望だ。しかし、彼女は違う。
これでは彼女が後悔することになる。

そこで、私はベッドの隣のソファへ目を向けた。

「ああ。あそこに腰掛けて少し話を聞こう。」

彼女は悲しい顔をして、しかし私の言うことに従順にソファへと足を向けた。

「君のことは大事に思っているよ。」

この時まで私は、彼女の意図に気付けていなかったのだ。




「そう言いますけどね、エルヴィン。
あなたはどうせ、ありふれた私が大事なのではないでしょう?

あなたが大事なのは、希少な私でしょう?」


彼女の中の普遍性、もしくは稀有性。
彼女はこの話をする時、決まって心臓のあるところを左手で掴む。
私はこの動作からようやく気付いた。

彼女はまるで自分を嫌悪するように、そして誰かに好かれていたいという我儘な欲をもって、自分の価値を改めて確認しようとする。

彼女の心臓を握る手に私は優しく触れた。

「強く掴まずに、そこには優しく手を置いて。聞いてくれ。

君のそれは人類にとって大事なものだ。

君が死んだら多くの人が悲しむだろう。
多くの人の期待が、その君の心臓、一点に寄せられている。それは君が常日頃から感じていることだと思うが───」

これは彼女の嫌がることだ。
今まで普通に生きてきた彼女の、調査兵団に入った時から変わってしまった人生、使命。

自分に大きな期待や大きな責務は背負えない。自信が無く苦しいという彼女の嘆きは、しかし私にきちんと届いている。



「しかしだ。
私を含め調査兵団の皆は、君ひとりに背負わせる気など毛頭ない。
なぜなら、君のことをひとりの仲間として、ありふれた兵士のひとりとして、大事に思っているからだ。

人類の英雄とうたわれる君も、戦場に出てしまえば皆同じ、兵士だ。

だから君は一人で背負わずに私に投げてくれ。希望の光は私が必ず切り開いてみせよう。」

「なぜエルヴィンは・・・私ひとりにそんなに良くしてくれるのですか。一兵士として平等に見るなら、そこまでしなくても。」

これから先は言ってもいいだろうか。彼女の顔を伺う。潤んだ目で私を見上げるその姿に、感性が甘く痺れた。もう、言ってしまえ。

「レア。君1人に良くしている、というのは、それは私が君のことを大事に思っているからだ。」

「それは先程聞きました。兵士のひとりとしてですよね。光栄です。」

ああ、もう。こういう時に限って肝心な言葉がすっと言えない。今まで、超えようとせず避けてきた隔たりがやかましい。

「────もう、要らないよな。」
「え───」

次の瞬間、私は彼女を引き寄せ腕の中に閉じ込めた。初めて知る彼女の身体の形に、私はうっとりとした。彼女もそんなことを思っているのだろうか。彼女と私は相性がいいのだろうか。呑気なことを考えていれば、彼女は私の胸を押して離れた。

「やめてください。不意にそういうことするのは。

私が勝手に勘違い───しちゃうじゃないですか。」

勘違い?顔を赤らめて否定の言葉を吐く彼女に、私はとても驚いた。同時にほっとした。ああ、自分だけ、独りよがりでは無かった。彼女も、私のことを。

「レア。好きだよ。
全てを捨ててもいい程、君に心酔している。」

「いけませんよ、エルヴィン。」

彼女は私を見つめて首を横に振った。
その先の言葉は、もう聞きたくなかった。











─────筈だった。










「あなたに慈悲はないのですか。これを見ても、何とも思わないのですか。」

「分隊長!俺はあなたの下で働けて・・幸せでしたッ!!!」

「長距離索敵陣形の成果は、多数の犠牲だと───」

「私には見えますよ。大行列です。身体があるかは別として。」

「人類の英雄が、まさに彼女だ!!彼女を死なせてはならない!」

「俺は俺の妹に、人並みの幸せを!!」




渦巻くうずまく、渦を巻く。
過去の記憶、誰かが遺した言葉。今も生き続ける言葉。




「奪還という建前・・・?」

「人を殺して何も得ない────そんな作戦を考え付きました。」

「つまりそれは・・・俺の家族を殺すということですよね?」

「これでお別れよ!レア!あなたをあ───」

「俺の親父を助けてくださり、ありがとうございます!団長!副団長!」

「なぜ生きて帰らせた。壁外で死んだ方がよっぽどましなことくらい分かってただろ。

───これから、奴らのお楽しみの時間が待ってんだからよ。」




「この、悪魔が!!!!!」










「────すまない。」




「私の思い込みが過ぎてしまったようだ。こんな都合の良いこと、ある筈がないのにな。



───いや、あってはならない。

お前だけのうのうと生きて何をやってる。死んで行った仲間はそう言うだろうな。」


「はい・・・。」

彼女はとても悲哀に満ちた顔をした。けれど、仲間のためだ。私はただ頷いた。
私に快楽は訪れない。
彼女に手を差し伸べるのは俺じゃない。



「好きだと仰ったのは、確かなのですよね。」

「ああ。だが、本来私にそれを伝える自由などない。
だから君は憎むべき男の、訳の分からない繰り言として受け取ってくれ。


今はまだ悪戯だから良かった。

───君も、遊ぶ相手を選べよ。」




「例え・・・それが狡い人の戯言でも、愛すべき人の真実でも、私は構わない。

それを糧にして、この苦しみのなかを生き抜いて見せましょう。」









29.6.15



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