「骨も灰も残さないで、力だけ残すなんてね」
変な話でしょ?
迅は言った。
私たちはまだ14になったばかりなのに、
冗談を言う迅の笑顔は、救いようのない哀しさを含んでいた。
“どうしようもなくて、大好きな師匠”
迅は最上宗一のことをそう表した。
しかし、迅の中でどれほど最上宗一の存在が大きくても、私はその気持ちに触れることはできない。
どう足掻いても、迅の悲しみを知ることはできないのだ。
だって、私には何の力もない。
ただ笑顔で話を聞いて相槌を打つだけ。
辛かった。
少しの同情も彼にあげることができない。
どんな気持ちで彼の隣を歩いて、寄り添ってあげたらいいの。
大好きな師匠がいたら、未来を予知できたら、近界民と戦っていたら、そんな師匠を亡くしたら………私は何を感じるのだろうか。
迅の見ている世界を、同じように見るのだろうか。
もしかすると、あの時から、私は力を欲していたのかもしれない。
誰かを守れる、誰かと共に戦える力を。
それから一年が経って、三門市を近界民が襲った。
第一次大規模侵攻。
1200もの人が亡くなり、400もの人が失踪した。
亡くなった友人、失踪した友人。
残った友人でさえも、家族を亡くしたり、家を壊されたり、三門市を去ったり。。。
周りには、傷ついている人が沢山いた。
その中で、私は何も失わなかった。
いつもと変わらない毎日が過ぎるのをただ眺めて、呆けているだけ。
何も失わなかったくせに、何にも傷つかなかったくせに、何も救わない。力がないから。
私の心には、やるせない罪悪感が残った。
「私、ボーダーに入るよ」
恵まれた、平和な私の環境は、私を応援してくれた。
だからこそ私は、戦わなければいけないと思う。
苦しむ誰かを、ただ見つめている私に終止符を打たなければ。
いつか、平和になったらその幸せを皆と噛みしめたい。
今まで辛かった、けどよく堪えてここまで生きれたのだと。
早く皆の苦しみと、迅の苦しみと、共に戦えるようになりたかった。
そんな時だ。
私が太刀川慶と出会ったのは。
「お前、何でここに来たの?」
彼は、私の前にひょっこりと現れて、突然そんなことを投げかけた。
今は試験の順番待ちで、それどころじゃないのに。
私が答えずに怪訝な顔をして見つめていると、彼は先に自分のことを話し始めた。
「俺はね、戦いたいから」
決して人懐っこくはない笑顔になぜか安心してしまって、私は彼に心を許すようになった。
彼もまた、私と同じ何も失わなかった人間で、
同じような戦う意思がある、そう思っていた。
しかし、それは私の思い違いだった。
私と彼は、正反対の人間だったのだ。
「この前の、第一次大規模侵攻、だっけ。
わくわくしたろ?
俺も、あんなでかい奴らを倒してーんだ」
トリガーには、二人で弧月を選んだ。
最初だから、と言って言われるがままにサブにセットするものまで揃えた。
慶さんは、この言葉をふと吐いたのだ。
彼にとっては、何気ない、素直な感情をあらわしただけだったのだが、
私はその言葉に唖然としてしまって、何も言えなかった。
期待外れだったというか、失望したというか。
そう思ったときには、もう遅かったのだ。
「虹、俺が剣教えてやるよ」
さよならだけが人生だ
「花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ」(井伏鱒二 訳/「勘酒」)
29.3.29
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