ばちん、と大きな音がして、雅治の顔が一瞬歪んだ。あぁムカつくなぁ歪んだって綺麗なんだもん。
いたいのぅ、なんてあたしがひっぱたいた頬をさすってるけど表情はいつも通り。へらへらへらへら、
……くたばれ。




「あたしもう雅治がわからないよ」

「なんのことじゃ」

「また嘘ついたでしょ」

「ついとらんぜよ」




ほら、それも嘘。




あたしが雅治と付き合いはじめたのは半年前、同じクラスになった雅治に告白されてからだ。そのころのあたしは雅治のことを何も知らなかったから断ったけど、これから知ってくれればいいと言う雅治の目が真剣で、(……まっすぐな人だなぁ)そう思ったから首を縦に振った。
それなのに、




「……昨日どこに泊まったの」

「……家」

「だれの」

「おれ」

「じゃないよね」




それなのに雅治はあたしに嘘をついて度々浮気をする。家に泊まっただけ? そんなわけない。浮気に入らない? 他の女の匂い染み込ませといてよく言う。




「名前ちゃーん、怒っとる?」




へらりと笑って寄り添ってきた雅治の肩を押して離れる。




「あたし雅治のそういうところ嫌だ」




いつもへらへらへらへら、告白してきたときの真剣さなんて微塵もない。確かに付き合ってから雅治のこと、いろいろ知って好きになった。優しいとこ、意外と甘えたなとこ、仲間想いなとこ。他にもいっぱいいいところを知って好きになった。でも、こういうところは知れば知るほど嫌い。




「名前ちゃん」

「……」

「名前ちゃんごめん」




こうやって狡いところも嫌。あたしが絶対に許すことをわかってて繰り返してるんだ、雅治は。ほんとにムカつく。




「好きじゃ」

「……」

「名前ちゃんも言って……?」




ほんとに、




「……好きだよ」




ムカつく。















「苗字さん」




朝学校に来てみるとロッカーのなかにメモ用紙が入っていた。あたしよりよっぽど綺麗な字で
(放課後 教室で待っていて下さい。話があります)
と書かれていた。
裏には同じ字で委員会が同じで仲のいい、中村くんの名前が書かれていた。

そして放課後、言われたとおり教室で待っていると中村くんが入ってきた。もう教室に残っているのはあたしだけ。雅治には用があるから先に帰ってくれと伝えた。女の子と腕を組んで校門を出るところが見えた。




「苗字さん」

「あ、ごめん。なに?」

「あのさ、」




二人きりの教室はしんとしていた。

好き、なんだ。苗字さんのこと。

呟くように言った中村くんの言葉は、驚くぐらい澄んで聞こえた。なぜかわからないけど、鳥肌が立った。




「……え、」

「ごめん。仁王と付き合ってるのは知ってる。苗字さんが困るのもわかってる。でも、」

「で、も?」




「苗字さん、寂しそうだから」




一瞬自分の息が止まったのがわかった。そうか、あたしは寂しかったんだ。あたしだけが好きで、一方通行な気持ちが届くことのないこの状況が。あたしは、ちゃんとした愛が欲しかった。
中村くんの目の前で、泣いた。とめようとしても一度溢れた涙をせき止めることは難しい。中村くんは抱き寄せるわけでもなく、ただ背中をさすってくれた。




「こんなときに言うの狡いとは思う。けど、俺だったら苗字さんに寂しい思いさせない」

「なかむらく、」

「好きだ」




その真剣な目が被って見えた。


―――ぐらり
















「苗字さん中村と付き合ってるらしいよ」

「え? 苗字さんって仁王くんと付き合ってなかった?」

「んーなんか仁王くんがフったらしいって噂」

「へぇ、まあ仁王くんにしては長く続いてたよね」

「ね、苗字さんって結構平凡な感じだしもっと早く別れると思ってたもん」














「名前ちゃん」

「……雅治」

「どういうことじゃ」




あたしは中村くんと付き合うことを決めた。その日からあたしは雅治のことを避けていたけど、その間にあることないこと噂が広まって、その噂を聞いた雅治に捕まった。




「説明してくれんと、わからん」




逃げようとしたあたしの腕を掴んだままの雅治は、いつもみたいにはへらへらしていなくて、どこか焦っているようだった。




「雅治、別れよう」

「な、んで」

「もう、……疲れた」

「名前ちゃん」

「あたし、中村くんに告白されて」

「いやじゃ、」

「うんって言ったよ」




雅治は信じられないといったような顔をしていた。なんでそんな顔をするの? 雅治には、他にもたくさん女の子いるのに。




「だから別れて、仁王くん」

「っ!」




付き合う前の状況に戻ろう。あたしは仁王くんのことをなにも知らない。あの状況に、




「……仁王くん離して」




仁王くんはあたしを抱きしめた。顔は見えない。何を思っているのかも、わからない。ぎゅうぎゅうと力を入れられて痛かった。




「仁王くん」

「いやじゃ」

「……」

「名前ちゃん……」




ムカつく、なぁ。最後まで仁王くんは狡い。痛くて、涙が出そうだった。




「名前ちゃん好きじゃ」

「、仁王くん」

「名前ちゃんも、好きって言って……!」




何回も嘘をつかれた。それでもあたしは好きだったから。嘘も許して好きでいつづけた。そして仁王くんの気持ちがわからなくなった。

あたしはどうしても、
ちゃんと伝わる愛が欲しかったよ、雅治。






「あたしは、好きじゃない」










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