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 人見知りの告白



ある日の月曜


最近どうもゆあの様子が可笑しい。

「おはようございます!」
「…あれ今日も早いね◆」
「あ、ちょっと、あの走り込みに!」
「…そう◆」

まだ日も登ってすぐなのに
バタバタと慌てるように出て行く。

前から朝走り込みはしていたが
最近はどうやらそれだけではないらしい。

走る、と言いながらも
服はジャージとかではなく
きちんとした服装だったりするし
寝癖なんかも直してから行くし

「(…朝からどこに行ってるんだろう)」

昼はいつも通りバイトに
行っているらしく
夜帰ってくるといつものように
晩ごはんの支度をして待っててくれる。

「…はあ」
「………」

ゆあがひとつため息をついた。

さっきから止まることなく
洗濯をしながら、片付けをしながら
何かするたびにゆあの口から
憂鬱にため息が漏れていく。

ここ数日ずっとこんな調子なのだ。

「…ゆあ、どうしたの◆?」
「えっ、あ、いえ!なんでもないです!」
「本当に?◆」
「はい!あ、今日の晩ごはんはカレーですよー」

何かあったのかと聞いてみても
笑顔で濁されてしまう。

どうしたのだろう、と
気にしながらもニコニコと
晩ごはんの支度をする様子をみて
気のせいだったのかな、と思い直す。

「…ふぅ」
「(…また◆)」

でもやっぱりふとした瞬間に
ため息が漏れていて、
今度は聞かずにそれとなく
ゆあの様子を観察する。

もぐもぐとカレーを食べながら
なんとなく元気がないような気もする。

食欲はあるみたいだから
体調が悪いわけではなさそうだし、
一体どうしたんだろう…と見つめる。

「ヒソカさんどうしました?」
「ん、いや、今日も美味しいよ◆」
「そうですか!今回は隠し味にヨーグルトを入れてみたんですよー」
「へえ◆カレーにヨーグルト◆?」
「はい!まろやかになってコクがでるんです!」

この間雑誌でみたんですよーと
ニコニコと楽しそうに話すゆあ。

でもそのあと食器を洗っている間も
ふとした瞬間にため息をついていて
それがどうしようもなく気になる。

もう一度聞くのもなぁ…と
悩んでいるとお風呂から上がったゆあが
おずおず…と近寄ってきた。

「あの…ヒソカさん」
「どうしたんだい◆?」
「…シャンプー変えてみたんですけど、匂い、変じゃないですか?」
「シャンプー?んー別にいい匂いだよ◆」
「…そうですか、よかった」
「いきなりどうしたんだい◆?」
「いや、あの大したことじゃないんです!あ、わたし明日も早いので…おやすみなさい!」
「……おやすみ◆」

なぜか慌てた様子で
部屋へと走っていってしまった。

「っていうことがあったんだけど◆」
『………』
「ため息つくし、匂い気にしたりするし…◆」
『………』
「明日バイトないはずなのに朝早いってことは誰かと出かけるのかな…」
『………』
「もしかして誰かと会ってたり…」
『…それで電話してきたの?』
「ん?そうだよ◆」

というとはあ、とため息。
キミまでため息つくなんて…

こんな話をできそうなのも
イルミしか思い当たらなかったので
なんとなくイルミに電話してみたのだ。

『……なんで?』
「イルミは気にならないのかい◆?」
『いや、まあ、別に…』
「素直じゃないなぁ…◆」

本当は気になってるくせに。
言葉を濁したのがいい証拠だ。

『別に、大したことじゃないだろ』
「そうかもしれないけどさぁ…◆」
『聞けばいいだろ』
「うーん…うまくそらされちゃうんだよねぇ◆」
『じゃあゆあのあと尾けてみたら?』
「…イルミ、キミ最低だね◆」

―ブチッ! 「…切れちゃった◆」

少しからかってみただけなのに
鈍い音がして一方的に切られてしまった。

はあ…とため息をつきながら
携帯をしまって真剣に考える。

「尾行…ねぇ…◆」

もし、ゆあが男と会っていたら
自分はどうするだろう。どう思うだろう。

「んー◆」

そんなことは悩むまでもなく
考えるまでもなく答えは決まっていた。

「殺し、ちゃうよなぁ◆」

でもそれでゆあが悲しむかも…
と考えるとどうしようもなく胸が痛んだ。

こんなことで悩むなんて
自分らしくないな、と嘲笑しながらも
明日、ゆあのあとをつけようかな
と思いつつ自分もすぐに眠りについた。




次の日の朝。
ゆあが支度をする音を聞きながら
寝たふりをして出かけるのを待つ。

「(…何やってるんだろう◆)」

自分で自分の行動に
笑いながらもゆあが朝早くから
知らない誰かと会ってる、なんて
考えたら殺気が溢れ出しそうで。

それを必死で我慢した。

「…ヒソカさん、いってきます」

小さな声でゆあが呟く。
いつも、どんなときでも
挨拶はかかさない。

それを微笑ましく思いながら
気配が遠くなったのを確認してから起きる。

軽く着替えてから自分も家を出た。

「(あ、居た居た◆)」

絶で気配を消しながら尾行する。

ゆあは走ってはいるが
スピードはかなり遅い。
ジョギング、というよりは散歩だ。

朝早くからやっている市場を走る。
その後ろをこっそりつけていると
ゆあが魚屋の前で足を止めた。


「おじさーん!」
「はいよ!お、ゆあちゃんおはよう今日も早いねー!」
「おはようございます!あの、今日もいいですか?」
「いいよいいよー!ゆあちゃんお得意様だからね!」
「わーありがとうございます!」
「(…あれなんだろう◆?)」

袋に入った何かを受け取るとゆあはぺこり、とお辞儀してからまた走り出した。

そのあとも市場のいろんな人に
声をかけられながらもゆあは走る。

「(…いつの間にこんなに)」

自分の知らないところで
こんないろんな人と交流を持っていたのを
初めて知ってちょっとショックだった。

まあ、毎日のように晩ごはんを作るために
買い物に来ていれば当たり前かもしれないが。

それでもなんだかもやもやする。

「(…らしくないな◆)」

走りだしたゆあをまた追いかけた。

どこへ行くのかと思っていると
いつの間にか公園へと着いた。

ここで待ち合わせなのか
きょろきょろと辺りを見回す。

「…今日は居ないのかな?」
「(やっぱり誰かと待ち合わせかな…◆)」
「んー…」

残念そうに辺りを探すゆあ。

見つからないように隠れながら
その様子を遠くからみる。

「あっ!」

ゆあが嬉しそうな声を出す。

ざわ、と殺気が出そうになるが
気づかれたくないので抑えた。

「お、おはよう!」
「(タメ口…そんなに仲がいいの◆?)」
「あの、今日も…持ってきたんだよ!」
「(…さっき、魚屋でもらってたやつのことかな◆?)」
「ね、美味しそうでしょ?ほしい?あ、ダメ!あとで、ね!」
「(…楽しそう…◆)」

相手の姿は見えないので
声だけだか何やら楽しそうだ。

もやもやと落ち着かない。

「あの、だからね、あとであげるから…その、す…す」
「(………す?)」
「す、す、す!」
「(…イヤイヤ、まさか…◆)」

その先の言葉を想像して
なぜか知らないが焦りだした自分が居て

(別にゆあが誰に告白しようと、いや、だから告白じゃないかもしれないけど…別に誰が好きでも、誰を好きになっても自分には関係のないことじゃないか◆いや、だから、なんで自分はこんなに焦ってるんだろう◆)

とぐるぐると頭の中を言葉が回る。

「ほんとに?!いいの!」
「(…え)」
「嬉しい…!ありがとう!」

気づけば会話を聞き逃していて
ゆあが喜んでいるのが聞こえてきた。

もう我慢できない、と
姿を隠すのも殺気を隠すのも
もういいや、と諦めてゆあに近づく。

「……ゆあ◆」
「っうわぁ!!?」
「…なんでそんなに驚くのかな◆?」
「えっなんで!ていうか殺気すご!いや、ちょ、あっ待って!」

ゆあがこちらをみて
驚いたと思えば殺気に怯えて
次の瞬間には悲しそうになる。

―ダッ!

と、目の端を小さなオレンジ色の
何かが横切っていった。

(…あれ、誰も居ない)

辺りを見回してみるが
そこにはゆあしか居なくて
想像していた見知らぬ男は
どこにも居なかった。

「誰かと会ってたんじゃないの◆?」
「へ?」
「え?」

きょとん、とした表情のゆあ。
可愛い…じゃなくて、ね。

「さっきまで、楽しそうに話してなかった◆?」
「うっ、い、いつから見てたんですか?ていうかなんで?!」
「最近朝早いなーと思って、暇だしボクも散歩◆」
「そ、そうですか…」
「うん◆で、何してたの?」
「ヒソカさんが、脅かすから…」

と、少しためらいがちにゆあが指差す。
その先を目で追って行くと
公園のベンチの下にオレンジ色のボール。

…よくよく見てみれば動いていた。

「最近、この公園で出会って、ごはんをあげてるんですけど…警戒心が強いのか、なかなかなついてくれなくて…」
「………猫?」
「はい。野良猫みたいです。」

そのオレンジ色の猫は
ベンチの下からこちらをじーっと
観察するように見ている。

ゆあが少し伺うように近寄れば
ダッ!とまた勢いよく走っていく。

(なんだ、猫、じゃあ勘違い…)

「…最近朝が早かったのはこの為◆?」
「はい。魚屋のおじさんが、朝余ったお魚をわけてくれるんです!」
「…ため息多かったのは◆?」
「なかなかなついてくれなくて…さっきやっと少しだけ触らせてもらえたんですよー!」
「…シャンプー気にしてたのは◆?」
「仕事の、その…血の、匂いとかダメなのかなーって思って…」
「………はあ、まったく◆」
「いひゃいいひゃい?!」
「人騒がせだね、ゆあは◆」
「なんのはなひれふは?!」
「こっちの話◆」
「いひゃひゃひゃ!」

ぐにぐにと頬をこれでもか、と
つまんでひねって引っ張る。

(変な顔。可愛い。でもむかつく◆)

いろいろ考えていた自分が
馬鹿らしく思えてきて
当分の間そうやって遊んでやった。


「ヒソカさんのバカ…!」
「はいはい◆あ、ちなみに名前とかあるの◆?」
「……ぅえ?!」
「ないの◆?」
「いや、あの、その、あります…けど」
「なに?」
「う…いや、あれです!ジャポンの名前をつけたので!」
「へーイイね、なんてつけたの?」
「えっ!?いや、それは、ほら!ヒソカさん漢字わからないでしょう?」
「うん◆まあ、そうだね」

何故か慌てた様子のゆあ。
そんなに変な名前なのだろうか。

「だから、そのーえっと」
「どう書くの◆?」
「えっと…こう、書きます…」

と、ゆあが地面に木の枝で
ガリガリと文字らしきものを
書いていく。読めなかった。

「なんて読むのかな◆?」
「えー…と、あー…“みつ”です…!」
「“ミツ”◆?」
「う、はい…」
「別に可愛い名前じゃないか◆」
「そ、そうですね!可愛いですよね!」
「うん◆」
「じゃ、じゃあそろそろ帰りましょう!朝ご飯、まだですよね!作りますから!」
「そうだね◆」

ゆあがなぜか早口で言う。
どうしてそんなに焦るのだろうか。

わたしお腹空いちゃいました!なんていうものだから、どこかカフェでも入ろうか。と提案するとこくこくこく!とすごい勢いで頷く。相当お腹がすいているらしい。

「(“ミツ”ね…あれが、カンジ?)」

帰る前にもう一度地面に書かれた
見慣れない文字を見る。

「(一応覚えておこうかな…◆)」

まるで記号のような文字を
手のひらに指で書いて覚える。

「ヒソカさん!あのお店前から入りたかったんですけど…いいですか?」
「ん、いいよ◆」
「わー!ありがとうございます!」

嬉しそうに歩き出すゆあの
横に並んで一緒にそのお店へと向かう。

視線を感じて振り返ると
オレンジ色の“ミツ”が
じーっとこちらを見ていた。

じーっと見返すとすぐに
茂みの中へと走って行ってしまったので
すぐに前を行くゆあへと視線を戻す。

「(“密”…うん、覚えた◆)」

その言葉の意味を知るのは
もう少しあとのお話。

「す、す、す!少し触らせてください!」
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