自分に甘い人/クロロ
心地よいクラシック音楽が流れる店内。
平日の昼過ぎにも関わらずうるさくない程度にだが辺りは賑わっていて、カップルや女性客が多い。
店内にはクラシックの音楽に合わせてふんわりと甘い香りが漂っていた。目の前のブラックコーヒーは不似合いだな、とカップを指でなぞりながらもその香ばしい香りを楽しむ。
このお店は最近テレビなどで紹介されて有名になったケーキ屋だ。個室が多いためカップルに好まれる店で、私はあまり乗り気ではなかったのだが目の前に座る男に半ば強引に連れられてきた。
「折角来たのにそれだけでいいのか?」
「うん。あまりお腹も空いてないし。」
「そうか。」
落ち着いたトーンで話す男は紅茶を飲みながら「もったいない。」と零した。…知ってる癖に、と小さくぼやく。
綺麗な黒髪はサラサラと触り心地が良さそうで、額には何故か雰囲気に似合わない白い包帯が痛々しく巻かれている。白いワイシャツをキチっと着ているのにも関わらず耳には大きな青いピアス。
包帯とピアスの存在感が大きくて印象が薄れがちだがとても綺麗な顔立ちをしていて、ぼーっと見ていると目が合ってどうした?と聞かれた。どうもしない。と素っ気なく返す。どうして私はこう、不愛想で可愛げがないのだろう。
そんな可愛くない私とは違って
何もしていなくても絵になる人だった。
彼、クロロと私はいわゆる恋人だ。でもいつも釣り合わないなーと思ってしまう。クロロに言ったら怒られるのでひっそり心の中で思っているだけだけど。
「お待たせ致しました。」
「ん」
「どうも」
「こちら季節のパフェでございます。」
可愛い制服を着た店員さんが私の目の前に苺やらぶどうやらいろんな果物にアイス、生クリーム、チョコレート、さらにはプリンまでと贅沢に乗せられた大きなパフェを置いた。見るからに甘そう。甘さの塊。きっと甘くないところはないだろう。
伝票を置くと店員さんは「ごゆっくりどうぞ」とにこやかに去っていった。スカートがひらり、と揺れて思わず見つめる。
ここの制服は派手じゃない程度にひらひらしていて、くどくない程度に可愛い。レースもリボンもさりげなくだし、スカートの丈も膝丈と大人しめだ。さすがケーキ屋。甘すぎず、質素すぎずちょうどいい感じである。すごくどうでもよかった。
「……はいどうぞ。」
「どうも。」
その後ろ姿を見送ってから私の前にあったパフェをクロロの前へと押してやる。クロロはすでにスプーンを用意していて食べる気満々だった。
さっそく一番上のアイスに手をつけている。いつもはあまり感情の出ないクロロだけど、さっきより目にみえて口元が緩くなっていた。子供みたい。
「…うわー甘そう…」
「甘い。パフェだからな。」
「…うーん、見てるだけでゴチソウサマデス…」
「はは、本当に甘いのダメだな。」
そう、私は甘いのが苦手なのだ。
そしてクロロは甘いのが大好きだ。
こういうところも釣り合わない、とか似合わないよなーなんて思ってしまう事の一つなんだけど、好みや考え方の全てが同じ人だから好きになるとか、違うから嫌いになるとか、そういう事ではないってわかってる。でも思ってしまうものは思ってしまうのだ。
「服装や見た目は可愛らしいのにな。いかにも「甘いもの大好き」とか言いそうなのに意外だ。」
「…そ、ういうクロロだって「コーヒーはブラックに限る。」とか言いそうなのに意外だよね。」
可愛らしい、なんて言葉に
思わずコーヒーを吹き出しそうになる。
顔が赤くなるのを隠すように
慌てて頼みもしないのにメニューを開いた。
メニューにはパンケーキやタルト、
甘い物のオンパレードだった。
もちろん「甘いもの大好き」と言うのは実際はクロロで、「コーヒーはブラックに限る」なんて言うのは私なんだけど。
店員さんもパフェを食べるのは私だと思っていたのか、私の目の前に置いたし。まあ、クロロが「甘党でプリンが大好き」なんて誰が思うものか。
それを知っているのは今この店には私だけしかいないんだよなー、と考えて少しだけ嬉しくなった。単純だ。
「そうやって笑ってる方が可愛いぞ。」
「っな、に、いきなり…」
クロロは相変わらず私の反応に鋭い。ただ単に私が顔に出やすいだけかもしれないけれど。そうでなくてもいつも心を覗かれているような気がしてしまうほど、私が落ち込んだり、喜んだりすることにクロロは敏感だ。
「ずっと険しい顔だったぞ。コーヒーの飲み過ぎじゃないのか?」
「別に。そういうクロロは糖分の摂り過ぎで口元が緩くなってるよ」
そう誤魔化しながら手を伸ばして
クロロの頬についたクリームを取る。
こういうことをするのも本当は逆だと思うんだけどなぁ…。なんて思いながら指についたクリームを見つめる。甘いのは本当に苦手だから舐める訳にもいかないし、だからといってクロロの目の前でナプキンで拭くのも、と悩む。
なんて考えていたら手を引っ張られた。
少しひんやりとしているその温度にドキリ、としながらもいきなりの事にされるがまま引き寄せられる。
―ぺろ、 「うひゃ」
指を舐められた。くすぐったさと恥ずかしさで一気に顔が熱くなる。クロロの手が冷たくて、て、と考えていたらいつの間にか目の前がクロロでいっぱいになっていた。
―ちゅ、 「っん?!」
思考がついていけないままキスされる。
クロロのいつもつけている香水に混じってパフェの甘い香りが鼻をくすぐる。甘い甘い甘い甘い。ひたすらに甘い。
クロロの強引なとこは好きだ。
いつも悩んで足を止めてしまう私を
引っ張っていってくれるから。
クロロの甘党なところも好きだ。
あれ、うん。あれあれ。
あれだよギャップ萌えってやつ。
クロロの…まあ、うん。全部好きだ。
そんな事を一瞬の内で考えていた。甘さで頭が変になったのかもしれない。さっきの上数行の事は是非とも忘れて下さいお願いします。特に最後。
少ししてクロロが離れた。クロロの大きな瞳と瞳が合う。キスの余韻に浸って甘い空気が二人の間を…という風にはならなかった。
「げっほげほ!あっま!」
「ぐっ…苦すぎる…」
お互いに盛大にむせる。
なんてムードのないカップルだ。
でも、これが私たちだった。
甘党なクロロと、甘いのがダメな私。
まあ、バランス取れてていいんじゃない?
なんてコーヒーを飲みながら笑った。
砂糖も何も入れてないはずなのに
少しだけコーヒーが甘く感じた。
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