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 どっち?








「ん…」

「(起こしたか…)」

「ん…ん…?」

「ゆめ」

「んん…クロロー?」

「ああ」


ふにゃふにゃとした喋り方。
寝起きで焦点の合わないゆめの瞳が
ふわふわと宙を彷徨ってから目線が合う。

じ、と見つめてきたかと思えば
へにゃり、と笑顔になった。


「(可愛い…)」

「クロロだー」

「ああ」

「クロロー」

「…ただいま」

「おかえりー」


そのままぎゅっと首に抱きついてくる。
こうも積極的なゆめは珍しかった。
ぐっ、と堪えながら
ゆめの頭を優しく撫でる。

少しの間そうしていたが
あまりに反応がなかったので
不思議に思ってゆめをみる。
と、耳が真っ赤になっていた。


「ゆめ?」

「う………はい」

「…ああ、寝ぼけてたのか」

「…っ、あ、うぅ」


くすり、と笑えば顔まで真っ赤になって
さらに黙り込んでしまった。
さっきまで積極的だったのは
寝ぼけてたからだったようだ。


「真っ赤だぞ」

「………」

「ゆめ」

「………」

「可愛い」

「…っ!」

「ゆめ」

「クロロ、降ろして」

「いやだ」

「……なんで」

「もう少し」

「っん」



息がかかるようにわざと耳元で囁けば
びくり、と小さく震える身体。
真っ赤な顔でこちらを睨んでくる。
そんな目で見られてもなあ…


「クロロ…」

「悪い悪い」

「からかうの、ダメ」

「本気ならいいのか?」

「っそういう、意味じゃ…っ!」

「ゆめはいやなのか?」

「………う」

「いやならやめる」

「…そういうの、ダメ」

「なんで?」

「……ずるい、バカ」

「ひどいな」


あまりにも可愛い反応をするので
そうやってからかっていたら
むっ、とした顔で黙ってしまった。

そういう反応するから
いじめたくなるんだけどな。


―ちゅ


ついついうつむいたゆめの
おでこにキスをする。


「…え、な…っ!」

「真っ赤」

「っクロロ!」

「おでこは挨拶だろ」

「挨拶は、頬!」

「ああ、じゃあ」


―ちゅ


「〜っ!!!」

「痛い痛い」

「ばかばかばか」


頬に軽く触れるだけのキスをする。
と、ゆめにぎゅむーっと頬をつねられる。
少しからかいすぎたか?


「ばか!クロロのばか!」

「悪い」

「ばか!」

「でも嫌いじゃないだろ?」

「…っばか!」


眉を寄せて怒った表情のゆめ。
それでも腕の中で大人しくしてる辺り
素直というか、可愛い奴だ。

ばかだの、悪態ついてくるくせに
嫌いは言わないんだからな。
できればその反対の言葉で
ちゃんと伝えて欲しいものだが。


「まあ、いつか言わせるか」

「…なにを?」

「さあ?」

「ばかクロロ…」

「なんとでも呼べ」

「…む」

「ほら、ベッドでちゃんと寝ろ」

「昼寝しちゃったから眠くない」

「そうか。…じゃあ一緒に寝るか」

「?!じゃあの意味がわからない!」


そのまま寝室に向かおうとしたら
ばたばたと足を動かして暴れたので
向かおうとした足を止める。


「じゃあ、部屋戻るか?」

「………やだ」

「なんで?」

「……クロロもう寝る?」

「いや、まだ寝ない」

「……じゃあ、ここにいる」


一瞬だけ寂しそうな顔になる。

うつむいてしまったので
すぐに表情はみれなくなってしまったが、
首に回った手に少しだけ力がこもった。


「わかった」

「ん」

「よいしょ」

「………クロロ?」

「なんだ?」

「なんだ?じゃない!なんでわたし膝の上に乗せたまま?!」

「別に重くないから気にならないぞ」

「そういう問題じゃない!」


ゆめを抱き上げたまま椅子に座る。
何か文句があるのかむすっとした顔。


「いやなら降りていいぞ」

「………」

「ゆめ?」

「クロロ、の、ばかー」

「またそれか」

「…だって」

「何が不満なんだ?」

「女の子は、複雑なの!」

「ほんとにな」


頭を撫でると大人しく撫でられるものの
頬をふくらませてむくれたまま。


「……恥ずかしいけど、いやじゃない…」
ぼそり、とゆめがつぶやく。


「ん?」

「なんでもないっ!」

「そうか」


くすり、と笑えばまた頬をつねられた。
全くわがままなお姫様だ。


「(可愛い…と思って甘やかしてしまう辺り、俺もだいぶゆめに依存してるよな)」


なんて思いながらゆめの頭を撫でた。

じ、とゆめが見つめてくるのを感じながら
手元にあった適当な本を開いて読み始めた。



「(クロロは、ずるい…)」

「(わたしがクロロのこと、好きってわかってるくせに…)」

「(からかわれて、わたしばっかり動揺して…ばかみたい)」


本を読み始めたクロロを見つめる。
整った綺麗な顔立ち。
暗くて深い瞳はいまは本に落とされる。

クロロは格好良い。

だからああやってからかわれると
冗談なんじゃないかと、疑ってしまう。


「(わたしは、本気で、クロロのこと…)」


好き。

言おうとした言葉は頭の中でぐるぐる回って
結局声にならずに消えていってしまった。



「(…むかつく)」


クロロばっかり優位なのがいやで

わたしばっかり悩んでるのがいやで


「(少し、仕返し…)」


くいくい、とクロロの袖を引っ張る。
ん?とこちらに向いた瞬間に一気に距離をつめた。



―ちゅ


「っ!」

「クロロの、ばか!おやすみ!」


軽く、唇に触れるだけのキス。

クロロの目を大きく開いて驚いた表情をみて
イタズラが成功したような気分。

そのまま逃げるように部屋をあとにした。

廃墟の中を走る。後ろを振り返らずに走る。


「(ばかクロロ!)」

「(わたし、ちゃんと本気なんだから!)」


いまさらになって顔が熱い。

あしたクロロとどんな顔をして
話せばいいんだろう…なんて考えて
叫びだしたいくらいに恥ずかしくなった。



「(わたしも、ばか!)」


もう今日は大人しく寝よう。
と思いながら自分の部屋へと走った。



残された部屋の中でクロロは
ゆめに何も言えずに
ただ、動揺して固まっていた。


「おいおい…」


まだ感触が残っている唇を押さえる。

完全に油断していた。完全にしてやられた。



「くそ…我慢できなくなるだろ」


柄にもなく心臓が鼓動する。
読みかけていた本を閉じる。

はあ、とため息をついた。



「ずるいのは、どっちだよ」


ゆめが出て行って静かになった
部屋の中で一人呟く。

あした、どうしてやろうか…。








(ずるいのは)(どっち)

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