くろあか | ナノ

 四十四話 どうして君はそうやって



渦巻く思考。かき乱す。

でもこの本心はどうか気づかないで



「(本当に何考えてるんだか…)」

呆れたようにため息を吐いてイルミは腕の中のゆあを見つめた。苦しそうに目は固く閉ざされていて、額には汗が浮かんでいる。息も荒く、身体は熱い。弱いものといっても毒入りのスープを食べたのだからそれは仕方がないことだった。

用意された部屋に連れて行ってゆあを優しくベッドに寝かせる。

てっきり毒入りのものを食べたくない。と言うだろうと予想していた。それで機嫌を悪くした母親をどうやって止めようかと悩んでいたのにも関わらず、ゆあときたら「毒に慣れたいんです」なんて馬鹿なことを言い出した。

「むかつく」

うーん…と苦しげに唸っているゆあの顔を、叩いてやりたい衝動にかられる。でもじーっとその顔を見つめているとそんな気も収まってしまって、そんな自分にもう一つため息を吐いた。

翻弄されていることがむかつく。というのもあったけれど毒に慣れたい。と言い出したことについてもだった。

「どうせヒソカの為」

そう言葉にしてしまって自分で自分の言葉に顔をしかめる。ゆあが毒に慣れたい。なんて言いだしたのは、きっとヒソカに迷惑がかからないように、なんてそんな理由なのだろう。

ゆあの性格上それはなんとなくわかっていた。わかっているから苛つく。そしてそんな自分にも苛ついていた。

別にゆあがどうしようと、自分には関係ないのだ。ヒソカのことを大事に思っていようが、関係ないしそれに関与するつもりも何かを言うつもりもない。

(そう、関係ない)

自分には。自分とは。

なのに自分をここまで翻弄するゆあが恨めしかった。しかもゆあは無自覚で無意識で、その度にこちらは翻弄されて、ため息ばかりが増えていく。

でも殺そうとか、傷つけようとかそういう気が起きないのだから不思議だ。

「むかつく」

もう一度呟くと無感情な心にその言葉は案外響いて、いつもは何を感じる事もないくせに、ズキズキと痛みを伴って少しだけ苦しかった。

(…まるで毒みたい)

この苦しさは毒に似ている。

もう今となってはどんな毒も自分には効かないけれど、それなのにゆあのことを考えるだけでこんなにも苦しくなるのはなぜなのだろう。なんてどうでもいいことを考えた。答えは手に届く所にあるのにそれを掴むのが怖くて、理解したくなくて見て見ぬふりを続けている。卑怯だ。

感情なんて捨てたはずなのにゆあのこととなるとぐるぐると自分の内側で感情が巡ってそれは止まることなく渦巻いていく。

ゆあのおでこの汗を拭いて、軽く撫でる。発熱しているからか熱くてまたすぐに汗が滲んでしまっていた。

「イルミ様」
「何?」
「解毒薬をお持ち致しました」
「うん」
「それと後で旦那様が部屋に来るように、と仰っていました」
「わかった」

メイドから解毒薬を受け取る。タオルや水などの用意していたのか部屋へと運んできた。母親が命じたらしく、どうやら相当ゆあの事を気に入ったようだ。

それは無理のない事かもしれない。

もう一人、実はキルアやカルトの下に子供が居たのだ。でも訳あってそれは居ない事になっている。母親がカルトに女物の服を着せたりするのはそのせいだとなんとなく思っていた。

だから黒髪で黒い瞳のゆあは少なからず重なって見えるのだろう。まあ殺されるよりはいいことだ。とそれは前向きに考えることにした。

問題なのは父親だ。

祖父は面白がっているだけのようだが、父親はゆあの事を異例として見ているだろう。観察対象、と。俺が女を連れてきたのは初めての事だ。それに対して俺がどう接して、その結果どうなるか。それを観察しようとしているようにしか思えない。

「めんどくさいなぁ…」

幻影旅団に目をつけられているかもしれない、とヒソカに話したら「じゃあイルミのとこで匿ってよ◆」なんて言われたのをあまり考えずに鵜呑みにしてしまったことを今更ながらに後悔した。とりあえず今はゆあの看病か。と頭を切り替えて解毒薬を掴んだ。

「……」

もちろんゆあは気を失っている。飲ませようとすれば溢れてしまうしなんて思いながらゆあの頬を叩く。

いつもよりは熱い頬は相変わらずもちもちとしていて柔らかい。他の女もこうなのだろうか。なんて考えながらもそれを少しだけ楽しむ。他の女がゆあと同じだとしても、こうやって触るのはきっとゆあだけだろう。

「う…うぅ…」
「……」

反応は変わらず苦しげな呻き声が返ってくるだけだった。

ゆあの口元を見つめる。薄く開いているそこからは苦しそうな呻き声と、はあはあと荒い息遣いが漏れている。熱で赤みが増した唇は化粧もあってかなんだか色っぽくも見える。

いっそのこと口移しで、と考えてすぐに自己嫌悪に陥った。また毒のように胸がピリピリと痛む。

「むかつく」

もう何度目とわからない呟き。それと同時ため息も吐いた。ふと、なんとなく試したくなってゆあへと殺気を向けた。別に殺したくなった訳ではない。ただ単に試したくなったのだ。

こういう思考の切り替えの早さは自分でもどうかとは思うけれど、まあこれはしょうがない。むしろここまでいろいろと考えさせるゆあはすごいと責任転嫁してしまう。

ゆあはいつもヒソカに殺されるかもしれない。とぼやいていた。なら、今気を失っている状態で殺気を向けられたとしたら、どうするのだろう。なすすべなく殺されてしまうのだろうか。

という少しの疑問。好奇心。

部屋の外に居るであろうメイドや執事達にはわからない程度に薄く弱く。目の前のゆあにそれを向ける。

「…っう、あ」
「あ、起きた」

するとゆあはぴくり、と小さく反応して身体を動かした。苦しそうに顔はしかめたまま、腕が抵抗するかのように動く。

それに少しだけ感心した。気を失っていても殺気には反応した。どうやらゆあはヒソカに殺されないようにと、本気で強くなろうとしているらしい。そう考えて、少しまた胸が痛んだがそれも見て見ぬふりをした。

「っう、う、…イルミ、さ…?」
「うん」
「あ、わ…わたし…っ」
「無理するから」
「っう、ごめ…なさ…」
「いいから解毒薬。飲める?」
「うあっ…、は…い」

身体を支えてやって解毒薬を飲ませる。少しすると落ち着いたのかゆあの顔から赤みが引いた。

「イルミ、さん…すみません…」
「馬鹿」
「うっ…はい…」

しゅん。と目にみえて落ち込むゆあにその先続けようとした罵倒はどこかへ消えていってしまう。むかつく。ともはや口癖になったかのようにまた心の中で呟いた。ゆあはずるい。

「はあ、別にゆあが馬鹿なのは前から知ってるけど」
「ひ、ひどい…!」
「毒は嫌じゃないの?」
「…そう、ですけど…」
「ヒソカの為?」

自分で聞いて置きながらまたちくり、と何処かで針が刺さったかのように痛んだ音がした。おかしいな、針を刺すのはいつも自分の方でこんなに苦しくないのに。

「そ、れも…ありますけど…」
「何?」

ゆあは言葉に詰まっているのか俺の顔を見ては指先を見つめる。その指先はくるくると髪を弄ったり、布団を手探ったり落ち着き無く動いている。少し頬が赤いのは毒のせいか、それ以外か。

「あの、その…うう、だって…イルミさん、その」
「………」
「………うう」

じーっと見つめているとゆあはもごもごと黙ってしまった。こういう反応は面白くてゆあを見ているのは飽きない。

(うん。飽きない、悪くない。)

いつの間にかピリピリとした痛みは消えていた。ゆあの頭を軽く撫でる。うー、と唸りながらも大人しく撫でられていてゆあの頭はよく撫でるがいつも動物みたいだな、と思ってしまう。まあ、誰にでも懐いてニコニコしてるからあながち間違ってはいないと思う。

「もう毒は平気?」
「あ、はい…だいぶよくなりました…」
「そう。これから毎食毒入りでいいの?」
「うー…頑張ります…」
「そう。やっぱりゆあは変わってるよ」
「今回ばかりは自分でもそう思います」

そう言いながら笑うゆあ。なんで笑うんだろう。ゆあはいつも笑ってる気がする。苦しいなら、辛いならやめればいいのに。なんて言葉はつっかえて出てこないまま消えていった。

「今から親父の所に行ってくるから少し休んでて」
「はい。あの、迷惑かけて…シルバさん怒ってないでしょうか?」
「気にしてないと思うよ」
「そう、ですか…」
「ああやって一緒にご飯を食べたこと事態がかなりすごいことだからね」
「そうなんですか?」
「うん。朝食に家族以外が並んだのは初めてじゃない?」
「えっ!そ、そうなんですか?!」
「うん」

ゆあの顔色が一気に真っ青になる。相変わらず笑ったり悩んだり焦ったり忙しいな、とそれを観察する。

「わ、わたし…だ、大丈夫ですかね…?!」
「さあ?」
「わーイルミさん相変わらず冷たい!」
「はいはい。じゃあ俺行くから」
「うぅ…」

ジト目で睨まれたが無視した。もう一度頭を軽く撫でると大人しくなったからやっぱりゆあは単純。

(んーまあ、殺気に反応出来るなら、一人にしても殺される心配はないかな。)

この家はめんどくさい。ゆあの事をよく思わない奴らは少なからず、居るだろう。俺が客人として連れてきていたとしても、何をされるかわからない。

これから親父にいろいろ聞かれるんだろうなー。と考えてはあ。とため息をつきながら部屋をあとにした。



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