くろあか | ナノ

 三十二話 正装



美術館は苦手だった
静かな雰囲気とか

厳かな絵画の威圧感とか
絵の価値なんてわからないし

わたしにとっては別世界だった。



「…ほんとにこの格好じゃなきゃ、ダメ、ですか…?」
「ダメ◆」
「うう…露出しすぎじゃないですか?」
「そそられるね◆」
「……ヒソカさんに聞いたわたしがバカでした」
「似合ってるよ◆」

鏡で自分の姿を確認する。ベビーピンクのパーティドレス。胸元は花柄のレースが施され大きくは開いていないが胸元が強調される形だから恥ずかしい。

きゅっ、と引き締められたウエストにはリボンが大きくついている。スカートはふわり、と広がりアシンメトリーの裾にティアードフリル小さなリボンがあちこちに散りばめられている。

いつもおろしている髪の毛は編み込んでハーフアップにしてありおろしてある部分はくるくるに巻いている。ドレスに合わせて髪もセットしてありまるでどこかのお嬢様のような格好。

「ゆあは貴族の娘っていう設定だからね◆」
「はい…ヒソカさんは?」
「ゆあお嬢様のお兄様◆」
「………無理ありませんか?」
「大丈夫だよ◆紛れ込むだけなんだから◆」
「…心配です」
「目立たないようにしてれば大丈夫◆」
「うー…」

ちらっ、とヒソカさんをみる。

髪はおろしてワックスで整えているしもちろんいつものペイントはなくてすっぴんだ。カッコイイ。服は黒のタキシードでびしっと決まっている。どこからどこまでもカッコイイ。これで目立たないようにする方が難しそう。

「館長からの挨拶があると思うから、そのあとに近づくよ◆」
「はい」
「二階のホールのひとつを使って立食パーティをするみたい◆」
「…わたしルールとかわからないです…」
「大丈夫だよ◆周りに合わせて適当にしておけば◆」
「…適当って!」
「別にかしこまった場でもないから平気さ◆」
「うーそう言われましても…」

わたしは普通の家庭で育ったんだ。そういうパーティのルールもわからないしマナーとか、いろいろ決まりがあると思う。紛れ込むだけでも変なことをしたら怪しまれてしまうかもしれないのに…

今回は急に入ってきた仕事だったので事前にそういったことの勉強ができてない。大丈夫かなーと心配になる。

「あ、そうだ」とヒソカさんが呟いた。みるとニコニコと怪しい笑顔。…なんか企んでる気がする。

「ゆあ◆」
「…なんですか?」
「お兄様…って呼んでみて?◆」
「っはい?!」
「兄妹なのに「ヒソカさん」はおかしいだろ?◆」
「そ、それは…そうですけど!」
「ほら◆」
「………っ!」

無茶ぶりすぎる!いや、ゆあ…これは仕事なんだから…自分の好き嫌いで選んでちゃダメでしょ…別に演技なんだから、恥ずかしがることなんて!

「お、お…おに…」
「うん◆」
「……っ、お兄様」

顔が熱い。ヒソカさんの顔がみれない。下を向いたまま小さく、小さく呟いた。

―ちゅ、 「………え」

頬に暖かくて柔らかい感触。ばっ!と顔を上げるとヒソカさんの顔。すごく近かった。少しでも動けば頬ではなく、唇にキスしてしまえそうなほどに。慌てて頬を抑えて離れる。キス、された!頬に!

「…っあ、なっ」
「よくできました◆」
「なに…してっ!」
「ゆあがあんまりにも可愛くてつい◆」

つい、でキスされてたらこっちの身がもたないんですけど?!キッと強くヒソカさんを睨むといつものようにニヤニヤとむかつく笑みを浮かべているだけだった。キスされた部分を手の甲で拭う。わたしの小さな抵抗だった。

「…早く行きましょう」
「そうだね◆」

もこもこのボアたっぷりの上着を羽織って外へとでる。熱くなった顔は外の冷気で冷えていった。

…つい、なんとなく。それだけなんだから。ヒソカさんがわたしにああいうことをするのは反応を楽しんでからかってるだけなんだから。

「(期待なんてするだけ無駄なの…)」

はあ、とため息をつく。外へとでると小さな黒い影が足元へ寄ってくる。

「にゃあ」
「あ、くー!!」
「にゃ〜ん」
「今日もお仕事行ってくるから、ちょっと姿貸してね」
「にゃー」

「くー」とは家の周りに住み着いている黒い野良猫でよく『魔女の写鏡-トリックミラージュ-』で変身するために姿を借りさせてもらっていた。

まず、くーの体を触る。それから瞳と瞳を合わせてくーの体を念で包み込む。小さな影を踏むようにして暗示する。

「『鏡よ、鏡よ、鏡さん…』」

制約と誓約。それによって『魔女の写鏡-トリックミラージュ-』で猫や動物に変身することが可能になるのだ。自分で決めた誓約を守れば姿を変えるのも自由。何回でもできるしどこでも、どんな状況でも大丈夫。

「ありがとうね」
「にゃーん」

バイバイ、と手を振るとくーは路地に消えていった。今度ちょっと豪華なおやつ買ってあげよう。

「終わったかい?◆」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ行こうか◆」
「はい」

す、と意識を切り替えた。いまから行くのはパーティじゃない。殺し。仕事をしに行くんだ。自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。



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