養護教諭の先生が変わった。美人で優しかった先生は何ともめでたく、世間一般でいう寿退社というやつで辞職された訳であるが、私苗字名前としてはそれはもう酷く重要なことであった。

私は朝が滅法起きれない病院で診断書なるものを書かれてしまう程の過度な低血圧で、所謂保健室登校というやつである。それも小学校高学年に上がってからの発症(と言っていいのかは微妙だが)で、中学生に上がってからはすっかり保健室に居座っていた。

ぼちぼち社交的な性格ではあった私は友人と呼べる人は幅広くいたのだが、文字通り広く浅くな関係ばかりだった為三年目になった今ではすっかり皆と些細な溝が生まれていた。まあ、教室にも上がれない人間にどう接したらいいかなんてわかんないもんな。

そう割り切って生活していく私は何時の頃からか、影の保険委員長と何とも奇妙な異名を付けられてしまった。理由としてあげるならば先生がいなかったりした時に来た怪我人を手当てしたりだとか、気落ちしている後輩や同級生の相談に乗ったりだとかそんなことをしていたかららしい。

らしいと言うのは4月から入り浸るようになった後輩F君からの情報だからである。まあ、兎に角。そんな私の気が置けない友人上位が断トツで先生だったのである。やっぱり何だかんだで私だって辛かったり、苦しかったりした時。親身になって話しを聞いてくれたのは彼女だった。

そんな彼女が結婚を打ち明けてくれた時、本当に嬉しかった。それは本心だし、今だって祝福してる。けれど嬉しさ半分、寂しさ半分と言う奴でやっぱり複雑だった。

そして今日。新しい養護教諭がやってくる訳なのだが、今日も今日とて私の血圧は上がりません。薬を飲んでからかれこれ一時間は経つんだけどなあ…と思いながら、ぐるりぐるりと回り続ける世界をぼんやりと見詰めた。

いやあ、今日はまた酷い目眩だな。だが見たい、新しい先生。その思いが今日は勝った。今日の私は強かった。

鉛のように重い体をゆっくりとベットから起こして、ふらふらとしながら制服へと手をかける。そしてリビングで何かしらしているであろう母に一声、起きたことを知らせ再び仕度に戻る。

軽く髪を梳かしてから邪魔にならない程度に結わいて眼鏡をかける。コンタクト?そんなの嵌める気力がありませんがな。そしてゆっくりと自室の扉までふらつきながら歩いていく。がちゃりと開ければ調度隣の部屋から兄が出て来た。


「兄さんごめん、下まで」
「別に構ないが、大丈夫か?」
「ん、」


堅い口調が特徴の兄に付き添って貰い階段を降りていく。勿論、階段にはご丁寧に手摺りが付いている。本当、バリアフリー感謝である。
下のリビングまで降りて行けば母がいてちょっと待ってね、とキッチンへ薬を取りに行った。時計を見れば針は11を指そうとしている。私は小さく溜め息をついた。


「はい、薬」


そうしていれば専用のピルケースに入った薬を目の前に差し出される。それを母から受け取り「ありがとう」と言えば母は「いーえ」と笑った。受け取ったそれをいそいそと鞄の中に閉まっていれば、兄が母に声をかける。どうやら兄が学校まで送ってくれるようだ。


「名前、お弁当」
「ありがとう。それじゃ、兄さんごめん。宜しくお願いします」
「嗚呼、」
「じゃ、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」


そうして私はにこやかに送り出す母を背に家を後にした。いや、ただの登校なんだけどね。

見慣れた道を辿り学校に着けば、兄がいそいそと降りて私を支えてくれる。覚束ないあしどりの私を心配しているようで、その表情は他人から見れば無表情ながら、身内から見ればかなりハラハラとしていた。靴箱で上履きに履き変えてから保健室まで向かって行く。それにもついて来てくれる兄さんは優しい。…少し、心配性かなって気もしないでもないが。


「此処までで大丈夫、兄さんありがとう」
「嗚呼、じゃあ俺は帰る」
「うん、バイバイ」


手を振れば恥ずかしいのか、それでも小さく振り返してくれる兄に頬を緩ませつつ未だ回り続ける視界の中保健室の扉に手をかけた。


「おはようございま…す、」
「! おはよう、君はもしかして苗字さん、かな…?」


ぐるりぐるり。視界が揺れ動くのにも関わらずはっきりと分かる頬の皴。どうしよう、思わず口許が引き攣った。新しい養護教諭の先生なのであろう白衣を着た男性は心なしか嬉しそうにこちらを見ている。



「…あ、はい。3年の苗字名前です」
「今日調子は…あまり良くなさそうだね」
「え、あ…はい…まあ」


はっきりと言わせていただこう、怖すぎるこの先生。ホラー中のホラーを素でいけそうな風貌の彼は本当に保健室とはミスマッチだった。なんか白を通り越して全体的に青白いんだけど。寧ろ先生、貴方が大丈夫なのか?


「あ、の…」
「え、えーっと…ん?」
「あ、い、椅子に座っても…?」
「あっ!うんどうぞ!!座って、座って」


素早い動作で椅子を引き手でやんわりと促す。その素早さがあまにも人並離れていたもんだから私は思わずそちらに気をとられた。が、直ぐになんか先程よりも嬉しそうににしている先生が目に入り、私はゆっくりと入口から椅子までの距離を歩みはじめた。

のもつかの間で、本当自分でも忙しい人間だと思うがふらつきながら歩いていた私は一瞬。ほんの一瞬だけ目の前がブラックアウトした。


「……れ…?」


思い切り左右に大きく揺れた私の体はそのまま重力に逆らうことなく前へと傾いた。あー、また床とキッスをしなければならんのか。そう思いながら目を閉じて、次に来るであろう痛みを待った。

因みにこんなことは珍しくもなんともなく、私のファーストキスはこの保健室の床である。家では大体誰かしら付いていてくれる為ないのだが、この部屋にはバリアフリーも支えてくれる家族もいない為入学直後早速奪われていたのは苦い思い出である。


「……ん?」


ふと何時まで経っても来ない衝撃に不思議に思った私はそおっと片目だけをを開ける。するとそこには黒と白。そのまま顔を上げていけばたどり着いたそこには。


「良かった、ごめんね気が付けなくて」
「い…え、ありがとう、ございます」


心底安心したように笑った先生がいた。ちょっと怖い笑顔だなあ、と思ったのだが…うん。この人、顔が怖いだけでものすごくいい人みたいである。私を助けて飛び込んでくれた(ニュアンス的にはそんな感じ)。生徒を大事に思ってるんだと思った。


「あ、先生…」
「椅子まで行けるかな?僕が支えていくから」


…うーん、この人天然のたらしみたいだ。本当、その顔で損しているとつくづく思ってしまう。ゆっくりと体を起こして椅子まで手を貸してくれた先生に感謝しながら、私は小さく笑った。


「先生、お名前教えて下さいな」


噂の死神先生
私はこの先生結構好きだな



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