彼女は良く言えば酷く聡明で、悪く言えば所謂電波という類いの者だった。

初めて彼女と出会ったのは昼休みの図書室。僕は何時ものように、人が読書をしているにも関わらず纏わり付くような周りの煩い女達を軽く流すように相手にしながら、本を読んでいた。本当ならば今にも此処から立ち退きたいのだが、僕はこの本を読みたい訳で。

周りの彼女達は僕に相手して欲しい一心で、周囲を気にするどころか意中の僕の様子ですら気にしない。迷惑もいいところだ、なんて思っても口には出さない。此処で狂わせてはいけない、僕は誰にでも優しい優等生、トム・リドルなんだから。


「少し静かにしないかい?ほら、図書室は僕達だけが使っている訳じゃないんだから」


注意をするならもっと早く注意をするべきだって?でもね、僕が口許を上げて笑えば、ほら。うっとりとしたような溜め息がそこかしこから聞こえてくる。まあ、これで静かになるのなら苦労はしないんだ。


「まあ、トムったら。素晴らしいわ!」
「本当、周囲を気にかけるなんて素敵ね!!」


恍惚とした表情を見せる彼女達は確かに美しいと思った。だが、どうやら彼女達はその美貌に気を取られ過ぎて人間性というものを置き去りにしてしまっているようだ。

静かになったと思った途端に今度は如何に相手の気分をよくするか。早速僕への褒めたたえになり、先程と何ら変わりのない状態へとなった。僕は何だか頭が痛くなった。


「ト「五月蝿いなあ」…え?」


初めに言っておくが今のは僕じゃない。確かに僕も少し自分に似ていて驚きはしたけど。それでも周りの彼女達程驚きはしなかった。


「此処は図書室、知識を蓄積させる所だよ。ねぇ、そうでしょう…フラーテル」
「え…?あ…ああ、うん」


声の主を辿れば先ず印象的なのは黒。不思議な雰囲気を漂わせる彼女は紫がかった髪の青年とこちらを見ていた。僕は全く心当たりのない彼女に首を傾げた。聡明そうで、いかにもスリザリン生のようだが見たことがない。隣にいる青年も。

ネクタイの色を確認しようとしたが、黒曜石を宿したような瞳が僕の赤い瞳とかち合いそれを阻止された。静寂、それ以外の意思が読み取れない彼女の瞳は冷たい訳ではないのに酷く淡泊なものだった。


「っ、名前じゃない!!やだ、ごめんなさい。煩くしてしまって」
「わ、私も!」


すると、血相変えて僕にたかっていたうちの何人かが名前と呼ばれた彼女の方へと走り寄った。その拍子に見えた彼女達の胸元のネクタイ。僕はそれを見て成る程、と納得した。スリザリン生の僕とハッフルパフ生の彼女。
顔を合わせるなんて先ず無いに等しいだろう。例え合同授業があったとしても先ず僕がハッフルパフ生とは組むことがないので知らないことが有り得ないことではなかった。

ハッフルパフといえば落ちこぼれ。頭の弱い奴ばかりな訳だが、彼女はどうもそうは見えない。なぜならば図書室にいるのにも関わらず本を手に取ることもなければ、喋るだけのグリフィンドール生に比べれば、ただノートを開いて座っているだけでも普通に考えて大分上だ。そんな彼女が何故ハッフルパフなのだろう、そう思ったが答えが出ることはなかった。


「うふふ、分かってくれればいいよ。ね、フラーテル」
「ああ、うん。そうだね」


彼女が問い掛ける度に肯定しかしないフラーテルと呼ばれた青年が酷く疑問だったが、今はそれ以上に彼女に気を引かれた。
ハッフルパフにも関わらずらしくない名前と呼ばれた彼女。同じ寮生にも一目置かれているのが一目で分かる。


「名前が図書室にいるなんて珍しいよね!どうしたの?」
「うふふ、気になるかい?」
「ええ、とっても!」
「実はねぇ、今気になる調べ物があるんだ」


僕も気になる、とは口が裂けても言わなかった。なぜだか今は聞いてはいけない気がした。彼女とはまた話す機会があるだろうから、その時にまた話せばいい。僕はひたすら、無意識のうちに彼女から離れようとしていた。

しかし敢え無くそれは断念された。彼女の瞳と僕の瞳が再び合わさったからである。すると彼女は椅子を立ち上がりこつりこつりとこちらへ歩み寄って来た。もしこれが普通の女だとしたら今すぐにでも外野が騒ぎ立てただろう。
しかしそのようなことは全く起きず、ただ静寂のみが歪んだこのおかしな空間に広がる。瞳の端で彼女の隣にいた青年の瞳が酷く揺れたような気がした。


「ねえ、君…」


生きてるのって、楽しいかい?

気付けばすぐ目の前まで来ていた彼女は優しく歌を紡ぐかのように軽やかに、至極楽しそうに目を細めて微笑んだ。綺麗に微笑んだ彼女に思わず息を呑む。彼女は今、何と言った?生きてるのが楽しいのか、と。僕にそう言ったのだ。
あまりにも突拍子のない物言いに僕は驚愕したが、余裕を見せるように微笑んだ。


「君は…何が言いたいのかな?僕にはわからない、けど。生きていることは人生そのものな訳だし、楽しいんじゃないのかな?」


先程まで煩かったのが嘘のように、彼女と僕のやり取りのみが交わる。ハッフルパフ生の女達は信じられないような、複雑そうな顔で見ている。
僕は取り敢えず彼女の質問に対し、何時だかに読んだ何かの本の一部分を言った。すると彼女、名前は少し驚いたように目を見張ったが、直ぐに嬉しそうに笑った。その表情は凍てつくように冷たい。


「人はさぁ…無意識の内に闇を照らすのを避けてるんだ。照らされざる闇はより昏く深くなってゆくって知ってたかい?」


思わずこちらが目を見張る。彼女は何をメリットに言っているんだろうか。まさかこれが彼女の言う気になる調べ物なのだろうか。そんな相手の思考を見極めるように目を細めてみる。闇と言う単語に触れた時点で僕の愛想というものは既に失せてしまっていた。


「闇なんてさぁ…抱えてないような顔をして日々を生きてる。そんな君の中はとても居心地が良いんだ」


思わず止まる。僕の、中…?一体コイツは何を言っている。ドクリと、柄にもなく心臓が大きく脈打つのが分かった。思わず怯んでしまった。


「どんな闇を用いても闇の深さは測れないんだ。でも、そのことに気付いた時にはもうそこまで届く光は抱けないのさ」
「君は、一体…」


一瞬でも怯んだ自分が信じられなくて、プライドを傷つけられた気がした。お前は誰なんだと叫びたい気持ちを押さえ付ける。怯むな、脅えるな。周りの女の一人が小さく悲鳴にも似た声を漏らした。


「例えば君がいなくなったって誰も困りはしないんだよ。唯忘却と喪失の狭間で揺れるだけ…それだけなんだ」


そう言った彼女から誰も逃れることが出来なかった。なぜだか動けぬ体が彼女を求める。なぜ何だ、何故酷く彼女を欲してしまうんだ。そう思った時だった。フラーテル、だったか。あの青年が小さく小さく、呟いた

「名前はずっと探してるんだ。底の見えない、闇を辿るように」


フラーテルの呟きは全く助言にならない。寧ろ疑問が募るだけだった。ただ、解決出来たのは彼女達がハッフルパフな理由だった。それは…


「奪い続ける物語を、忘れ続ける物語を」
「失い続ける物語を、幻想の名を騙りそこに在る現実を」


ねえ君、生きてるのって楽しいかい…?


彼女はスリザリンに値する程気高かった。グリフィンドールに値する程人を愛することも出来た。レイブンクローに値する程酷く聡明だった。

しかしそれ以上に、その斜め上を行くかのような稀に見る好奇心の旺盛さと、現実と幻想を認識出来ていない類の言動を述べている一般人には理解出来ないような独自の哲学を持ち得る電波辺り。それが決定的だと僕は思う。



Lost
(薄く笑う口許が妙に印象的だった)




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