「あっ、千鶴ちゃんだ!!」


可愛らしい少し高めの声が響く。私を含め、その場(長い廊下なのだが)に居合わせた人々は皆さん足を止めた。ぱたぱたというどこかたどたどしい上履きの音が軽快に響く。私はその音を聞くと後ろをくるりと振り返り、声の主である人物を見た。

そこには予想通りの人物。私と同じかそれよりほんの少しだけ高い身長。つやつやとした繊細な黒髪と真っ黒なセーラー服。スカートは膝丈で同じく黒いタイツを身に纏う、今時の女子高生にしては珍しく極端に露出を控えた彼女。


「名前先輩、」


控えめに名前を呼ぶと彼女、名前先輩は「うへー」という可愛らしいがよく分からない声を出しながらふにゃ、と笑った。それが可笑しくて私も思わず笑えば名前先輩は目をぱちりとさせ私へ飛び付いて来た
……え、飛び付い…


「千鶴ちゃんかんわいいよう!!」
「へ、うわわっ!!」


思わぬ不意打ちにぐらりとなる私。だが、何とか持ちこたえる。いくら不意打ちだからと言っても、こう何度も会う度にこれが続けば、私だって慣れるようになる。私はこんな積み重ねにより咄嗟の対処を取れるようにまでなっていた。
全く先輩は私の体が支えられなかったらどうするつもりなんだろうか。とか思っていると遠くに見えた紫がかった見慣れた頭が見えた。

私は一瞬にしてその人物を見極めると、急いで未だ私へと体をぐりぐり寄せてくる名前先輩をやんわりと引っぺがした。そんな私に何事だ、と言うように目を白黒させる先輩。私は思わず苦笑し、溜め息をついた。そんな様子を見兼ねてなのか、名前先輩は私の頭を先程タックルしてきた人物とは思えない程優しい手つきで撫でた。


「千鶴ちゃんどしたの?」


私の熱い抱擁は嫌だったかな?と小首を傾げる先輩は本当に年上なのか。いや、高校生なのかと疑いたくなった。


「いえ、そんなことは…無いです…」
「本当?」
「はい。寧ろ(タックルさえなければ)私先輩からの、その…好き、ですし…」
「本当?!良かった。本当に良かった。…もし、千鶴ちゃん嫌がってたら婚活王子に殺されちゃうもん、私」


なんだか妙な照れ臭さを感じて途切れ途切れとなった言葉に、先輩は酷く反応した。キラキラと効果音が付きそうだが、その瞳はどこか爛々としていて…あれ、私余計なこと言ってしまったのかもしれない。
それに婚活王子とは一体誰のことなのだろうか。そんなことを思っていると先輩の奇声が聞こえた。


「うがっ!!」
「?!名前先ぱ…」


「い、」と言う言葉は続かなかった。そうだ、私はすっかり先輩との会話で肝心なことを忘れていたのだ。


「風間からの闇討ち等心配しなくとも俺がなんとかする」
「あれ、はじめ君」


斎藤先輩が向こうからこちらへと向かって来ていたことに。ああ、もう。一体何の為に私はわざわざ名前先輩から体を離したのだろうか。これじゃ、まるで意味がない。というより婚活王子ってあれ、…風間先輩のことだったんだ。
気になりつつあった疑問を解消し、名前先輩とその脇下に手を入れ体を持ち上げている斎藤先輩に目を向けた。まるでじゃれあっている犬と猫のようだ、なんて思ったのは口が裂けても言えない。


「購買に行ったきり、中々帰って来ないから…その…」
「あ、ごめんね。今日昼休み委員会だったもんね。私ったらすっかり忘れてた」


ほんのりとピンク色オーラを出した斎藤先輩と、全くそんなことが感じられない名前先輩。しかもこれが、斎藤先輩が名前先輩を持ち上げたまま行っているから甘いようでかなりシュールさを纏っている。


「来てくれてありがとうね、はじめ君」
「いっ、いや、俺は別に…」
「よし、お詫びにこれをあげよう」


そう言って名前先輩が差しだしたのは数量限定のパックジュース。…私の間違いでなければ、もしやそれは先程先輩が飲んでいたやつではありませんか…?


「あ、いや…すまん」
「あーりーがーとーうー、でしょ?はじめ君」
「あ、えっ…ありが、とう…」


照れた。いや、デレた。あの斎藤先輩が人目を気にせずデレた。私はその事実が衝撃過ぎて、斎藤先輩が既にパックジュースを口に含んでいることに気が付けなかった
じゅ、じゅごご…と言うようなストローから出たことにより、私は意識を引き戻された。


「……?」
「あ、ごめん。半分位私が飲んじゃったんだ」


その言葉に完全停止した斎藤先輩。みるみるうちに顔が茹蛸のように赤くなっていく。対する名前先輩はあっけらかんとしていたが、「はじめ君の間接キッス、貰っちった」と言って斎藤先輩の横を華麗に通り抜けると、突然走り出した。


「まっ、名前先輩?!」
「!っ…千鶴ちゃんばいばいっ!!」


私の声に反応してこちらを振り向いた名前先輩。その瞳は少しだけ潤んでいる気がして、私は思わず目を見開いた。正に咄嗟に出た言葉を言うと名前先輩は再び走り去ってしまった。


「………………」
「……斎藤、先輩?」
「………何だ、雪村」


フリーズが溶けたのか斎藤先輩はこちらをゆっくりと見た。いつもの無表情さはそこになくて、僅かに赤い頬がなんだか可愛らしく思えた。受け答えをしてくれたことを確認すると、私は口を開いた。確かにあの時、私は見たのだ。振り向いた名前先輩の顔も斎藤先輩に負けず劣らず真っ赤になっていたことを


「私は、期待してもいいと思いますよ」


だからいい加減、
さっさとくっつけ
(見てるこっちがじれったい)




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