「お前早く一之瀬んとこ行ってやれよ」
「あたしたちは先外行って待ってるから」
「分かってるって」


によによしながら出ていく友人たちを見送り、私は直ぐに駆け出した。走って見慣れた背中を見つけ飛び付けばびっくりしたような声を出した後、すぐに笑い声が聞こえた。


「一之瀬!」
「なんだやっぱり苗字か」
「やっぱりって何さ」
「いや、そろそろ来るだろうなって土門と話してたんだよ」


そう言って笑った一之瀬にきゅんとしてしまう。やばい、顔真っ赤になりそう。私はなんだか照れ臭くて一之瀬から隣にいた土門へと目を向けた。すると一之瀬は土門に「な、言っただろ?」と笑う。

私は何の前フリもなく言われきょとんとしたまま一之瀬を見たあと、土門を見る。何の話だ、と質問するように見れば土門は呆れたように大袈裟に肩を竦めて笑って見せた。そしてこれまた大袈裟に両手を挙げて口を開く。


「はー、分かった分かった。俺の降参」
「やった!苗字、帰りに土門がコンビニで奢ってくれるって」
「えっ、あ、うん?」


どういう話の流れ?一人話に着いて行けず、そう言って二人を見れば土門が簡単に説明するように話しを始める。


「俺と一之瀬で名前ちゃんがどんな風に一之瀬に声をかけてくるかを賭けてたんだよ。俺は絶対「一之瀬ー」って言いながら犬よろしく走って来ると思ってたんだけどなあ…」
「…犬よろしくって何さ、否定はしないけど」


笑いながら話す土門をじとりと睨めば、悪い悪いと全く悪気なさそうに言う。そして一之瀬に話を振った。


「因みに一之瀬は見事に当てて、賭けに勝ったぜ。な、一之瀬」
「え?」
「ああ、俺は苗字が俺を脅かそうとして無言で飛び付いて来ると思ってた」


そう言って凄いだろ、と笑う一之瀬に再びきゅん。しかし私はある一点を見た途端にばっと顔色を変えて固まった。一之瀬の学ランの上から二番目のボタン。ある筈のそれが無いのだ。私は思わずそのまま硬直する。そんな私の様子に驚いたようにこちらを見る二人。私はからからになった口を開いた。


「あ、の…一之瀬?」
「どうしたの、苗字」
「いや…あの…」


目を合わせず歯切れ悪く言う私に一之瀬が怪訝そうに眉を寄せる。土門も不思議そうにこちらを見ている。だけど今の私にはそんなこと気にできなかった。私の頭は一之瀬の第二ボタンの行方のことでいっぱいいっぱいなのだ。そんな時たまたま過ぎったのは秋ちゃんの顔。まさかまさかまさか。いやでも秋ちゃんは夏未さんと円堂くんのボタンを巡っていた気が…いや、でも…。

嫌な考えに思わずぽろっと涙が零れた。口許が笑い固まったままいきなり泣き出した私にぎょっとしたように一之瀬と土門が慌てふためく。


「ど、どうしたんだよ苗字ー」
「だっ、だってぇ」


ぐずぐずと泣く私は既にひきつけで上手く喋れなくなっていた。一之瀬に頭を撫でられ私は一層堪えられなくなっていく。一之瀬の第二ボタンが欲しかった。一応彼女なのだから、余計に。


「ひぐっ…うぅ、いちのせぇ…」
「あー、もうなあに?どうしたんだよ苗字」
「いちっ…いちのせの、ひくっ…第二…だいに、ボタンー…うう…」


ぎゅうっと抱き着いて顔を一之瀬に埋めてしまった私に、一之瀬はああと声を上げた。土門も納得したように笑いそのまま玄関で待ってると行ってしまった。ああ、もうどうしよう。一之瀬だってきっと呆れてる。もう高校生になるって言うのにこんな…こんなことで泣いているなんて。


「名前、」


ひどく優しい声と、暖かい手が頭に触れる。私はびくりとした後ぎゅうっと一層強く一之瀬の制服を握る。顔を上げるのが怖い。だがそんな私の様子を察してか、一之瀬はもう一度名前を呼ぶと顔を上げるよう促した。私はゆっくりと顔を上げる。


「はい、これ」
「ふひ、んっ…」


ちゅっと不意打ちのようなキスをされて思わず変な声が出た。なんだよふひって。だがそんなことより私は一之瀬の手に持たれた袋に釘付けだった。袋に入れられているのは本来学ランに付いている筈のボタン。私は驚いて目を見開きぱっと唇を離した一之瀬を見れば、一之瀬は悪戯が成功したように笑って見せた。


「これ…」
「俺の第二ボタン。名前以外には渡したくなかったからね」
「い、一之瀬…」


ありがとう、とボタンを受け取ろうとすればひょいとボタンを手の届かない位置に上げられる。私は一之瀬の意図が全く分からず困惑したように彼を見た。一之瀬は相変わらず笑顔のままで私は一層困惑した。なんだ、なんだ。


「一之瀬?」
「それ、やめなよ。俺だって直したんだから、名前だけそのままってのは狡い」
「え?」
「一哉って呼んでくれたらあげる」


私はどんどん顔に熱が集まっていくのが分かる。一之瀬を一哉って呼ぶ。そんな簡単なことなのに、ものすごく難しく感じる。一哉、かずや…なんだか恥ずかしい。だがボタンは欲しいし、一之瀬の言うように私の名前を彼は呼んでくれた。その時すごく嬉しかった。きっと一之瀬だって同じなんだろう。私は意を決して口を開いた。


「一哉!私に第二ボタンをください!」
「勿論、よろこんで」


第二ボタンの行方
ああ、それ返品は出来ないからね




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