「今年の春は随分遅いよね」


私たちはもう卒業だって言うのに。そう言って寂しそうに笑った名前ちゃんは目元を少し赤くしていて、ああ彼女もきっとあの体育館に響いていた泣き声のうちの一人だったんだと思った。


「うん、そうだね」


僕はいつものように笑いながらまだまだ蕾を固く閉じる桜の木に目を向けた。今日の空はどこか薄暗い。雲がかかっていて真っ青とは言えなかった。なんとなく篭るような、もやもやとした、それでいて少しどんよりとしている気持ちにぐるぐるとお腹の中に気持ち悪さが溜まる。

僕はその得体の知れない、気持ちの悪いわだかまりをどうしても自身から消したくて、小さく息を吐き出した。吐き出した息は白くて、直ぐに空気に溶けて消えてなくなった。しかし僕の中のわだかまりは消えない。

僕は少し苛立った。この得体のしれないわだかまりは一体何なのだろう。どうして息を吐いても吐き出せない。そんな次から次へと湧き出る疑問に、僕は知らず知らずのうちに顔を険しくさせていたらしい。


「士郎くん…?」


どうしたの?心配そうにこちらを見る名前ちゃんに僕ははっとしてにこりと笑った。いや、正確には笑おうとした、と言った方が正しい。僕は自分が思うように笑えていないことに気が付いた。なんで、どうして、笑えないんだろう。そう言って名前ちゃんに問い掛ければ、彼女は一瞬きょとんとしたがすぐに優しく笑った。ほんの少し憂いを帯びた彼女のそんな笑みに僕は胸が高鳴る。


「それはね士郎くん。士郎くんもきっと寂しいんだよ」
「寂しい…?僕が…?」
「うん、私と同じ。寂しいんだよ」


まあ殆ど皆が小学校からの持ち上がりだったもんね。初めて自分で決めた進路に進むんだもの。全く会わなくなっちゃうのかな。嬉しいけどちょっと怖いなあ。寂しそうに、でもほんの少し楽しそうに話す名前ちゃんの言葉が僕の中でループする。

全く会わなくなってしまう。今までなんだかんだでずっと近くにいたのに、もうこれからは前のように昼休みにじゃれたり、一緒にサッカーをしたり。そんな時間がなくなる。街ですれ違っても気づかなくなってしまうのかもしれない。僕はそんな事実が嫌だった。


「あーあ、もう士郎くんと一緒に登下校することもなくなっちゃうんだね」


その言葉が深く突き刺さる。同時に僕の中でわだかまりがすうっと消えた。ああ、なんて…なんて寂しいんだろう。いや、この気持ちは寂しいではない。もっと苦しくて、悲しい


「…切ないって、言うんだろうな」
「え?」


僕の呟きに反応した名前ちゃんに僕は今度こそ、本当に笑った。名前ちゃんは困惑したようにこちらを見詰める。僕はゆっくりと名前ちゃんに歩み寄り、そのまま僕より小さな体を抱きしめた。僕より華奢な体、最近までは僕の方が小さかった筈なのに、此処に来てぐっと伸びた僕はいつの間にか名前ちゃんを抱きしめ包み込める程大きくなっていた。


「し、ろ…」
「名前ちゃん、僕君のこと好きなんだ」
「すっ…私も、士郎くんのこと好きだよ?」


一瞬目を見開いた名前ちゃんはすぐに表情を引き締めると、自嘲気味に笑みを浮かべ僕に笑いかけた。違う、ちがうよ名前ちゃん。僕は、ぼくはきみを…


「あいしているんだ」
「…しろ、くん、やだな最後のさいごにそんな笑えない冗談…」
「冗談なんかじゃない。僕は本気だよ。自分を卑下しないで。自惚れなんかじゃないよ。僕はきみを、愛してるんだ」


俯いてしまっていた名前ちゃんの顔をぐっと上げれば涙が飛び散る。目に涙を浮かべ次々とこぼれ落ちていくそれを指で拭えば名前ちゃんは一層涙を流した。切なそうに眉を寄せて。


「や、だ…うそ、だ…夢みたい…」


ぽろぽろと涙を零して僕を見る名前ちゃんに優しく微笑む。初めてちゃんと見た幼馴染の彼女の涙は僕からの告白に歓喜して零した、嬉し涙だった。


「夢じゃないよ」
「だっ…だって…」
「いつも一緒にいてくれた。アツヤが死んだ時も、僕が辛い時も、苦しい時も、嬉しい時も。世界にだって着いて来てくれた。何時も傍にいてくれていることが当たり前だったから気付けなかったんだ。君が好きだって」


近すぎて、この気持ちが当たり前過ぎて気付けなかったなんて贅沢かな。そう言って笑い僕は続ける。


「別々の高校に行く、離れるって初めて実感が湧いて初めて気が付けた」
「士郎く、」
「高校は違う、けど。僕と、これからも一緒に、一番近くにいてくれますか?」


初めてのキスは
涙の味がした




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