※星屑/エル(性転換)



俺の愛する彼女は悪い女だった。
無邪気で人を信用することしか知らない今時珍しい随分無垢な女。自分のことに関しては腹が立つ程鈍くて、けれど人の感情には妙に鋭い。俺は彼女のそんな所全てを引っくるめ惹かれて、恋焦がれていた。


「あ、おはよう」
「……はよ、」


俺に気が付いた彼女が眩しいくらいの笑みをこちらに向けて挨拶をして来た。俺は何だか気付いて貰えた嬉しさと、俺に挨拶をしてくれたと言う照れ臭さからぶっきらぼうな挨拶を返した。そんな俺にも嫌な顔一つせず、彼女は綺麗な可愛らしい顔で満足そうに笑う。優しく心地好い声色で。ああ、好きだ。そんな気持ちでいっぱいになった俺は暫くの間真っ白な可愛らしいエプロンドレスの彼女にすっかり見惚れていた。


「どうしたの、大丈夫?」


そんな呆然としていた俺の様子を見兼ねたのか、彼女が俺に声をかける。その声にはっとし、気が付いた時には彼女の顔が俺のすぐ間近まで迫っていた。俺はあまりに近い距離感にどきりとして思わず体をのけ反らせる。すると心配そうな顔をしていた彼女は一瞬きょとんとすると直ぐに可笑しそうに口許を押さえ、くすくすと笑った。


「顔が赤かったし、ぼーっとしてたから熱でもあるのかと思った」


けど、その心配はなさそうだね。そう言ってもう一度くすりと笑った彼女は手に持っていた小さな植木鉢を店先へと置いた。彼女はこの花屋に勤める店員だった。当然のことながら彼女はこの店の看板娘であり、俺を始めとした何人もの男たちが揃いも揃って、いつの間にか彼女と話したいが故に自然とこの店の常連客になっていた。

そんな不純な常連の中で、俺はかなりリードしている自信があった。自惚れ?あいつらじゃあるまいしそんなことはないさ。俺にはちゃんとその確信があった。それは俺と彼女の距離感だった。他の誰よりも打ち解け合う仲、店員と常連客とは違う友人のような関係だった。


「そうだ!あのね、貴方に見せたいものがあったの!!」
「見せたいもの…?…俺に、か?」


そう言って彼女を見れば彼女は嬉しそうににっこりと笑い頷くと「ちょっと待ってて、」と店の奥に入って行った。ほうら、こんな笑顔俺だけにしか見せない。俺の為、こんなの他の常連客にはしない。俺はその事実が嬉しくて嬉しくてただ笑った。


「ほら、これ!」


綺麗でしょう、と愛おしそうに笑う彼女の視線の先には美しく咲き誇った真っ赤な薔薇と真っ白な薔薇。薔薇へと向けられた優しげな彼女の瞳に俺の中で靄がかかった。ああ、情けないな俺は。植物にまで嫉妬するなんて。


「毎日丹精こめて育てたの」


そう言った彼女の言葉に一層黒く靄がかかった。思わず忌ま忌ましげに彼女の腕に抱かれた薔薇を見ていれば、彼女がすっと赤い薔薇を俺に差し出した。


「これ、プレゼントに。もし良かったら、受け取って?」


そう言ってこてりと首を傾け、困ったように笑った彼女に、すっ…と靄が引いていくのが分かった。不思議と強張っていた肩の力が自然と抜けていく。


「俺に…?いいのか、商品なんだろ?」
「うん、いいの。受け取って」


そして「この色、素敵でしょう?」と彼女が微笑む。ああ、とっても素敵だと思うよ。笑ってそう言えば、彼女ははにかんだように笑った。


「最初にこの薔薇を見た時、貴方が思い浮かんだの。こんなに綺麗なスカーレット、似合うのは貴方だけだと思って」


だから、あげる。そう言った彼女を俺は酷く愛おしいと思った。ああ、ああ、どうして君はこんなにも俺を虜にするんだろう。愛してる、愛してる、あいしてるよ。気分が良くなっていた俺は後ろからやって来た男のことがあまり気にならなかった。だが、


「あ、いたいた」
「!な、なんで?今日お仕事なんじゃ…アビスさんが言ってたわ」
「お前に逢いたくてさ、早く切り上げて来たんだ。パパにはちゃんと言ってあるから大丈夫」


驚いたようにそちらを見た彼女。彼女の視線が俺から男に移り変わる。白い髪に赤い瞳、白いシャツに白いズボン。驚く程白い肌、白。そんな印象しか出ない男だった。

真っ白な男と真っ白な彼女。その愛しい腕には同じく真っ白な薔薇。何だ、これ。俺の中で真っ黒なまがまがしい感情が生まれ、嫉妬の焔が燈る。
先程までは眩しいくらいに輝いていて愛しいと思った彼女の笑顔がどうしようもなく憎い。先程まで清楚で可愛らしいと思っていた彼女の身に纏う白いそのエプロンドレスがどうしようもなく汚らわしく見える。

白い筈なのに汚されてるなんて可笑しいけれど、今の俺にはどうしてもそういうようにしか見えなかった。彼女にそんな汚れた色、似合わない。彼女には俺と同じスカーレットが似合うに決まってる。


「今日はもう帰るな」
「え…あ!ごめんなさい、私ったら途中から…エルのせいだからね!」
「えー僕かよー」
「いや、構わねえよ」
「もう!…本当にごめんなさい。何時もありがとう。また、来てね」
「ああ、それじゃ…」


また、とくるりと足を返す。左手に赤い赤いスカーレットの薔薇を持って。振り返る途中、エルと呼ばれた白い男の猫のように細められた赤とぶつかったが敢えて無視をする。彼女は俺のものだ。彼女を汚したお前になんて渡さない。俺以外を見た彼女なんて許せない。

そうだ、悪い娘にはそれなりのお仕置きをしよう。俺以外の男に色目を使った罰を、俺以外の男の色を身に纏った罰を。ああ、でも…それよりも、それよりも早く。一刻もはやく塗り替えなくては。あの、


汚れた白を真っ赤に染めろ
鮮やかなスカーレットに

(手に入れたのは変色した赤と)
(冷たくなった君の肢体)


SH夢企画「嘘つきアリスは夢の中
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