「だからね、女の子から良いお返事を引き出すにはね、バラが1番なんだってえ」

だから頼むよじげえん。両手を合わせて頭を下げる相棒にほとほと呆れたが、最も厄介なのはそれを断りきらない自分だ。前々からうっすら自覚はあった、俺はどこかしらこいつに甘い。
ボルサリーノを深く被り直し、溜め息を吐いた。


*


活気がある街だ。煉瓦作りの通りには洒落た店が並び、ところどころでは小太りの女性が野菜や果物の屋台を出している。元気な客引きの声や笑い声が飛び交い、晴れ渡った空によく響いた。
シケモクを咥えていない口元を寂しく思いながら、立ち並ぶ看板の中に目的のものを探す。土産屋、ブティック、酒場、レストラン…こういうときに限って、花屋は見付からない。何の用事もないときにはいくらでも見るのに、あァこんな現象を何て言うんだったか。
ところ狭しと並ぶ店をひとつひとつ見ていると、眼球に疲労を感じる。視界がちかちかと眩んだ。俺ももう歳か、なんてつまらないことを考えながら俯き加減に目頭を右手でギュッと押さえる。

「どうかしましたか」

すると突如掛けられた柔らかい声。頭を上げると、すぐ横にある屋台から若い女がひとり、顔を出していた。車道に向けて構えているもんだから何を売っているのかは分からない。
どうやらこの屋台の真後ろで、足が止まっていたらしい。冷やかしかと警戒しているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。女の顔には気遣いの色が浮かんでいる。

「お体の具合でも?」
「いや、平気だ。悪かったな、店の後ろで………ん?」

首を傾げる女に軽く手を振る。早く戻らなければルパンがうるさい、道草を食う訳にはいかないと踏み出そうとした矢先。女の手にあるものに目がいった。鮮やかな一輪のチューリップ。思わず凝視すると、視線に気付いたのか女が微笑んで差し出してきた。

「良かったらおひとつ、どうですか?」
「あー…いや、バラはあるかい、束で欲しいんだが」
「バラですか、勿論」

営業スマイルを浮かべた女は屋台へ引っ込んだ。自分も回り込んで正面へ出てみると、ビンゴ。花屋だ。口元がひとりでに緩んだ。
心の中でひっそり、女に感謝する。声を掛けられなければ、俺はまだバラを求めてふらついていただろう。
簡素な台の上でバラは丁寧に束ねられていく。花屋なんだから手際が良いのは当然だが、ろくに花の名前も覚えていない素人からすれば見事なもんだ。しげしげと眺めていれば、女が手を止めないまま小さく笑った。

「バラの花束なんて、プロポーズか何かですか?」
「こいつをやりゃあ、大体の女からは良い返事がもらえるんだと」
「まあ」

クスクスと笑う横顔には、どこか幼さが残っている。強欲で貪欲な女ばかり見ているからか、新鮮さを感じた。
あっという間に見事な花束が出来上がる。どうぞ、と差し出されたそれと引き換えにコインを何枚か手渡した。

「きっとうまくいきますよ、花束もお兄さんも素敵ですもの」
「そりゃあ良いこった」

俺じゃないんだがな。人の良さそうな笑顔を浮かべられちゃあ、そんなこと言う気にはなれない。

「またどうぞ、次は記念日にでも」

声色と同じように柔らかく振られた手には後ろ手で返して、来た道をのんびり引き返した。


*


「バラは好きじゃないんだって、俺様困っちゃう」

アジトに戻って早々言われた言葉に頬が引き攣った。台詞の割に緩みきった顔でパソコンに向かっている。画面に写っているのは、色とりどりの花の写真。そこに赤いバラはひとつも見当たらない。
使う前から用済みになった花束を丁寧にテーブルに置き、ドサリと音を立ててソファに尻を沈めた。何だかんだで結構歩いたのかもしれない、太ももにじわりと疲れを感じる。
胸ポケットから煙草を一本取り出しながら、座った拍子にずり落ちてきていたボルサリーノを上げる。開けた視界。色気のないアジトの中、テーブルの上で何十本ものバラがこれでもかと激しく自己主張中だ。
何となしに、さっきの花屋を思い出す。あれだけ丁寧に仕事をするんだ、きっと几帳面な性格なんだろう。バラを束ねる指先の爪は綺麗に切り揃えられていた。無駄に塗ったり描いたりしていない顔はあどけなかった。
折角の花束は必要なくなってしまった、どうするか、明日返品にでも行ってみようか。花ってのは返品可能なのか。

受け取ってもらえるだろうか。





20120916 仕掛けられたのだ
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