※4th1話ネタバレ、男主






他よりだいぶ大きめの、立派な作りの建物。派手なハーレーを隠すようにその建物の影に停めると、どこからともなく黒服の男たちが現れ、幾人かでそれを更に奥の暗闇へ運び去った。不二子がちらと目をやると、それに気付いた一人の男が軽く頭を下げる。そうして、男もまた暗闇へ消えた。
それを特に気に留める様子もなく、不二子はカツカツと歩いて建物の正面に向かい、門をくぐる。この建物には門番もいなければ、立派なセキュリティ対策がしてある訳でもない。老若男女泥棒からホームレスまで誰でもウェルカムなここの主の頭を、不二子は何度疑っただろうか。
長い庭を通り過ぎ、チョコレートのような形をした扉の前まで来ると、金のノブを握って数回ノックする。それだけで、この重々しい入り口は口を開けてくれるのだ。

「おかえり」

大理石でできたフロアには、紺色のスーツを着た男がひとり、立っていた。まるで訪ねてきたのが不二子であることを分かっていたように、出迎えの言葉を口にし、両手を広げた。

「さあ、ただいまのハグは?」
「…そんな気分じゃないの!邪魔が入って盗みどころじゃなかったわ」

満面の笑顔を一蹴すると、不二子は小脇に抱えていたヘルメットを乱暴に投げ捨てる。側に立っていた侍女が慌てて受け止め、落下音が響き渡ることはなかった。その代わりと言わんばかりにハイヒールの音を鳴らして部屋の奥に進む不二子を、男が慌てて追った。
勝って知ったるという風に歩いていく不二子の隣にやっとこさ男が並ぶと、ハイヒールの音が止む。右肩より少し下辺りから強烈な視線を感じ、男は顔を引きつらせながらそちらを向いた。

「知ってたの、あいつのこと」
「あいつ?…フラフラ?」
「違うわよ!…もう、これ見て」

心底不思議そうに首を傾げる男を見て、苛立ったように溜息を吐く。そして男に見せ付ける為に、左の内腿を曝け出した。
一瞬戸惑った顔を見せた男も、その部分を見て目を見開いた。口紅で書かれた、誘拐予告。そのぽかんとした表情は、不二子の怒りを静めさせるには十分だったらしい。そこを曝け出したまま、壁にもたれた。

「…彼、予告状出してたらしいじゃない。知らなかったとは言わせないわよ」
「…ああ、いや、これは、ううん」

立ったままだった男がしゃがみ込み、間近で予告を見詰める。場所が場所なだけに、流石の不二子も僅かな恥じらいを感じてしまう。仕事のときは平気なのに…そう思いながら足を閉じようとすると、男が膝を押し返し拒んだ。それに気付いた不二子が何か言う前に、綺麗な親指が口紅をぬぐうように触れた。男のものだ。しかし、愛撫を連想させるような優しい手つきではない。痛みを感じる程込められた力。不二子は思わず顔を顰めた。そして文句を言う為に思い切り開いた形の良い唇は、男の目を見て素早く閉じられた。
細められた両眼は、突き刺さりそうな程そこを見ている。

「人の私物に勝手にマーキングか。躾がなってないんだなあ」

ぞっとする。先程とは別人にも見える男を、高い場所から凝視する。男の目は爛々と光っている。不二子は恐る恐る名前を呼んだ。

「何時も通り、好きな部屋を使っていいよ。何かあったら呼んでね」

返事はなかった。男は代わりにそう言い残し、硬直したままの彼女を残して来た道を引き返していった。
暫く、呆然とする。力が抜けて、ずるずると床に座り込んだ。大きく息を吐き、吸う。ドクドクと高鳴っている心臓を、胸の上から押さえ付けた。

「…殺しは、しない、わよね」

そろりと内股に目をやる。鮮やかに色付いていた筈の予告状は、滲んで読めなくなっていた。




纏わりつく臭気 20120407
 

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