どうやら私は記憶を失ってしまったらしい。周りのこと、自分のこと、何も分からない。困惑している私に、イゾウさんは微笑んだ。

「お前さんは、おれの女なんだよ」

綺麗に紅が引かれた唇が囁く。唖然とする私を見て、彼は喉を鳴らして笑った。

「こ、恋人ってことですか」
「ああ」
「嘘」
「嘘ついてどうする」
「…あ、あんなことやこんなこととか」
「しちゃってるねえ」

信じられない。こんな美人さんと私が?戸惑う私の頭をイゾウさんが優しく撫でる。覚えていない筈なのに、懐かしい感覚がじわりと広がるのは、やっぱり私と彼がそういう関係だったからなのだろうか。

*

記憶を取り戻すきっかけを掴むため、私は広い船内をうろついていた。
甲板に出ると、まばらな人の中に特徴的なリーゼントを見付けた。彼の名前はサッチさん。目を覚まし記憶が無い私を、船長さんの元へ連れていってくれた人だ。ナースさんの腰を抱いて、何やら色のある雰囲気を醸している。昼間から、こんなところで大胆な。
目を逸らそうとしたものの、サッチさんがタイミング良くこちらを見るものだから目が合ってしまった。
ナースさんから離れてこちらへ歩いてくる。

「よ、何か思い出したか?」
「いえ、特には…」
「ま、ゆっくり思い出せよ。おれがついてるからな」
「はあ」

朗らかに笑う彼の向こう、ナースさんがじっとりと私たちを見ている。もしかしたらサッチさんと恋仲なのかも知れない。サッチさんが私を気にかけるものだから、それが腹立たしいのだろう。
それとなく戻るように促すと、きょとんとするサッチさん。

「何…ああ、それも忘れてんだもんな。泣けるねェ」
「え、と」
「あのなあ、おれとお前は」

そこまでしか聞こえなかったのは、突如後ろに引かれた腕のせい。お香の匂いがする。確かこの匂いは、イゾウさんの。すっぽり腕に包まれていた。
サッチさんを見上げると、みるみる眉間に皺が寄せられていく。こわい。

「イゾウ、何やってんの」
「何って、恋人同士のスキンシップだろ。なあ?」
「あ、は、はい」
「はァ?」

しどろもどろになりながらも頷くと、サッチさんが苛立ちもあらわに声を上げた。だからこわい。無意識にイゾウさんに擦り寄ってしまった。

「あ、あの、ナースさんを待たせてるんじゃ」

この重い雰囲気をどうにかしたくて、再びサッチさんをナースさんの元へ促した。するとサッチさんの皺がよりいっそう深くなって、イゾウさんが笑い出した。

「ざまあねェったらねェな」
「黙れ」

まさに一触即発。何なんだ。




海賊:イゾウ・サッチ









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