戦国 | ナノ



メメント・モリ──


そんな言葉を聞いたのは、いつの事だろう。

その言葉が持つ意味は、何だっただろう。


私は何故、こんな状況でそれを思い出したのだろう。



血生臭い臭いは辺りに充満し、すぐ先すらも隠してしまうような霧が立ち込める中、見える影達は身動きの一つもしやしない。


皆死んでいるからだ。


否、もしかしたら辛うじて息がある者もいるのかもしれない。それでも動けないほどの怪我なら、やがて行き絶え骸と化すのだろう。



「………ケホッ…」



軽く咳をすれば口の端から溢れていく赤い鮮血。ああ、私の命も長くはなさそうだ。


思えば、この時代に堕ちたのは一年前。平成で平和に平凡に暮らしていた頃の私は、まさか何の興味もなかった戦国時代にトリップするなんて、夢にも思っていなかっただろう。そこで息絶えることも…


そもそも、女の私が何故男に混じって戦っていたのだろう?ボンヤリしてきた頭では、大切だったはずのその理由さえわからなくなってきていた。


ああ、もういっそ考えるのは止めよう。
回りは死にかけか骸と化した兵士ばかりで、もう声を出すのも難しい。考えを伝える人間などありはしないのだから。



「───!」



霧の彼方から、誰かの声が、その足音が聞こえてくる。敵方の兵士が、名のある将の首でも狩りに来たのだろうか。ついでに私に止めを刺してくれないかな。



「──いろは!」



……この、声は…



「政宗、さま…」


「いろは…!」



霧の中から姿を現したその人物は、私を見るなり膝から崩れ落ちた。一軍の大将が、こんなところで何をしているのだろう。



「…だから、お前には戦は早いって言ったんだよ」


「……?」


「…まだ息はあるんだろう?帰るぞ」



そう言うなり、政宗様は死にかけの私を背負って歩き出した。本当に、何をしているのだろうかこの人は。たかだか一般兵に。もうすぐ骸と化すそれに。



「まさむね、さま…なに、を、なさっているので、すか…もうすぐ死ぬ者、に…」


「大丈夫だ、まだ助かる。…死なせやしねぇ、絶対」


「むりです、よ…」


「誰が決めた、そんな事。…とにかく、お前は絶対死なせねぇ。死なせてたまるかよ…」



自身が怪我だらけだというのに、何をしているのだろうこの人は。「大丈夫だ」、「心配するな」、そんな言葉をかけながら、霧の中を、死体の散乱する荒れ地を進んでいく彼は、戦前に見たその人よりも小さく見えた。



「なん、で」


「Ah?」


「なんで、わたしなんかに」


「…約束も忘れたのか?お前」



約束?



「どうしても戦に出て、自分の目で戦がどんな物か見たいって言ってただろ。文字列だけの記録じゃあわからねぇ物を、ちゃんと理解したいって。兵達に混じって鍛練して、何度も俺に懇願しに来てたじゃねぇか」



ああ、そうだ。そうだった。私は確かめたかったんだ。


語り継がれる事もなくただの文字列でその死が表されるだけの名も無い人々が、戦の中で何を思っていたのかを。
戦いの、命の、死の意味を。自分の目で、耳で、感覚で。


そしてもう一つ思い出す。
それを呑む為に彼がだした"条件"という"約束"も。



「じょうか…」


「………」


「いっしょに、じょうかまち…いくって、いいましたっけ…ね」


「…ああ。そうだ」



──…そんなに頼むなら仕方ねぇ、戦に出してやる。…だが、一つ条件がある


──条件…とは?


──戦から帰ったら、俺の城下の視察に付き合え


──……それだけ、ですか?


──ああ、それだけだ。……どうする?


──それで戦に出ることを許可して下さるのであれば……喜んで



戦前の彼との会話が脳裏に甦る。あの時の政宗様は、心なしか嬉しそうだった。


しかし、その約束も、もう…



「約束は破らせねぇ。絶対にだ。……だから、死ぬな。お前は生きるんだ。俺の側で、ずっと──



最後の方の言葉を、聞き取ることは出来なかった。


耳は遠くなり、視界は暗く曖昧になっていく。………終りが、くる。


ああ、そうだ。漸く思い出せた…。



「メメント・モリ…」


「……?」


「…『しを、わすれるな』…」


「!」


「……まさむねさま、わたしは、まもなくしぬ、でしょう…わたしだけじゃ、ない…いろいろなひとが、これからもなくなる、とおもいます…。だけど」


「止めろ…」


「わたしの"し"も、みんなの"し"も、……わすれないでくださいね」



最後は、ちゃんと笑えていただろうか。


暗くなる視界に、彼の頬を流れ落ちる水滴が見えた気がした。



メメント・モリ


「…馬鹿野郎」



事切れたいろはをそっと土の上に下ろす。その顔には、どこか満足そうな笑みが浮かんでいた。


いつもpinkに染まっていたその顔は、驚く程白かった。そして、白はやがて土気色に変わっていくだろう。その変化は、いろはにはあってはならないと思っていた。あるはずがないと、信じたかった。


だが、それは現実に起こっている。



「……言われなくても、忘れねぇよ」



お前の死も、今までに犠牲になった奴らの死も。


そいつらの死を背負って、俺は前に進まなければならないから。



──早く、戦の無い平和な世になるといいですね



お前が望んだ、平和な世を作るために。






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