ここは婆娑羅学園。
平和であるはずのこの学園内で一人の女子生徒が鬼気迫る表情で携帯電話を握り締め図書室というプレートがかかった部屋に全力疾走で滑り込んでいった。
どうやら彼女は電話をかけていたらしい。部屋の死角になっている本棚の影に隠れているがそれでもしきりに辺りを見渡している。
誰かに追われていることは明々白々だった。
「メーデー、メーデー、メーデー。こちら皐月、皐月、皐月。場所は婆娑羅学園北校舎三階女子トイレ内。変態に追われて言います。早急に救助されたし。メーデー」
無言で携帯を耳に当てていたが相手は都合が悪いらしく電話には出なかった。
皐月というその女子生徒はいつものようにメーデーコールをすると一息ついて携帯を閉じた。
「無駄ぞ」
「ヒッギャアアアアアア!なんでお前こんなところに居るんだよ!」
「掃除中に決まっておろう。貴様は阿呆か」
「お前の担当職員室!」
そんな皐月の後ろでハタキを持って立ってるのが毛利元就、皐月より一歳年上のはずなのだが何故か授業中にも自然に皐月の隣に来ていたりするちょっとどころか大いに不思議な男である。
因みに今現在皐月が救難信号を送ったのも原因はこの男なのである。
「我の担当は常に貴様よ」
キリッとした顔で言われると普通の女子ならコロッといってしまいそうだが皐月にしてみれば鳥肌がたつだけだ。
背後にあった掃除用ロッカーから箒を出すと元就に突きつけてにじりにじり後ずさる。
「お断りします、毛利先輩」
「なにを遠慮しておる。いつものように名前で呼ぶがいい」
「一体いつどこで私がアンタのこと名前で呼んだんですかね!記憶の改ざんもほどほどにしといてください!」
「そのようなことを申すな」
「うわあああ!」
「皐月、貴様はもう少し色気というものを身に付けよ」
「ご遠慮します!」
近づきながら自然な動きで皐月の尻を撫でた元就はおもしろくなさそうな顔をした。
イタズラをすることではなく、皐月の反応を楽しみたいだけなのだ。元就はハタキで皐月の箒をさりげなく押しのけると一歩ずいっと近づいた。
「照れるでない」
「これが照れに見えるならあんたの眼球に油膜でも張ってんじゃないの!」
「否、ポジティブシンキングよ」
「どっちにしろ現実見えてねえことは確固たる事実じゃねえか!」
「全ては我が策」
箒を持って全力で逃げ回る皐月を涼しい顔で追い掛け回す元就。この絵面もよく見かける光景である。
そしてここで元就がいつものように追いつくのだ。中庭まで続いた鬼ごっこもいつも勝敗は決まっている。
「そなたは我が駒」
「いいですか毛利先輩、駒駒言ってたってそれはセクハラしていいことにはならんのですよ」
「ほう」
「だいたい出会い頭に人のお尻を撫でる人がどこに居ますか!」
「我ぞ」
「だめだこいつはやくなんとかしないと」
「そなたは我のためだけに在れば良い」
「お断りしますううう!」
元就の、本日何度目かの渾身のキメ顔を完全に無視して皐月は再び走り出した。
人気の無い中庭ではどう考えても皐月の分が悪い。
今は一応授業もホームルームも全て終わったので掃除の時間ということになっている。
皐月も元就も一切それらしきことをしていないが時間としては掃除の時間なのだ。
そしてどの学校にも共通しているように掃除の時間というものは基本的に短い。この学園も例外なく掃除の時間は僅か15分。
皐月が図書室に入ってきて隠れてから中庭に逃げてくるまでに既に10分近くが経過していた。
残りを逃げ切れば今日のところは家に帰るだけである。
皐月は以前にある人物から教えてもらった裏道を通って元就から逃げ出したのだった。
「そうは問屋が卸さぬ」
「ヒイイイイイお前なんなんだよおおおおお!」
はあやれやれ、まさにそんな感じで裏道から出てきた皐月の正面に立っていたのは今の今まで決死の鬼ごっこを繰り広げていた元就だった。
神出鬼没というかもうただのチートである。
「問屋というか我が許さぬ」
「なんでこの道知ってるんですか!ここは長曾我部先輩に教えてもらった道で・・・ももも毛利先輩もしかして・・・!」
この裏道は先ほどメーデーコールをした相手でもある長曾我部元親に教えてもらった裏道で、誰も知らないから何かあったら使えと言われていた道なのだ。
「うむ、あの阿呆は既に買収済みよ」
ぐっと親指をたてる元就をよそに皐月は心の底から元親を恨んだ。
「許さんぞ長曾我部えええええ!」
「さあ皐月!遠慮はいらぬ!」
「お断りします!っていうか誰が好き好んで他人に尻触らせるんだよ!ビッチか!ビッチなのか私は!」
「ビッチ?愚かな。これは奉仕よ」
「真面目な顔でなに言ってんだ!」
「ふむ・・・安心せよ、我の興味は尻のみ。胸はどうでも良い」
「てめえ暗に私の胸囲馬鹿にしてんのかコノヤロウ!」
「馬鹿になどしておらぬ。馬鹿になど・・・ぶふっ」
「くっそおおお!いつか見返してやる!いつか必ず見返してやる!!」
「精々足掻くがよい」
「大体ねえ、毛利先輩レベルの顔なら、性格はともかくとして顔なら」
「何故二回繰り返したのだ」
「そりゃもう大事なことなので二回言いました」
何故か皐月のバッグを持っている元就からそれをひったくると皐月は慌てて話を元に戻した。
セクハラさえなければ会話のテンポが調子よく進んでしまうのだ。
「そうじゃなくて、私が言いたいのは毛利先輩くらい顔がよければ、私程度のちんちくりんなんてキープしようとしなくても道端にホイホイ落ちてくるでしょ!人生イージーモードのヌルゲーなんでしょ!」
「何故そう思ったのだ。周りに何か言われたか」
「い、いや・・・そういうわけじゃないですけど・・・」
「では気にする必要はなかろう。何を今更。我が望むのは皐月ただひとつよ、覚えおくが良い」
「え」
「理解できなんだか。・・・端的に言えば我は貴様を好いている。みすみす手放してしまうのは惜しいと思い、周りを顧みずに構いすぎてしまう程に」
珍しく真面目な態度をとる元就に皐月は弱い。
「このっ・・・お、お、覚えてろよおおおおお!」
案の定皐月はゆでダコのように真っ赤な顔でバッグを振り回しながら走り去ってしまった。
実のところ毎日元就が真面目にしていれば皐月陥落も時間の問題なのである。
だがそれをしないのが彼の流儀だ。
翌日になって皐月の家の前で優等生よろしく皐月を待つ元就は今日も今日とて我が道を行く。
「皐月、今日は最高の日輪日和よ。スカートの丈はあと5cm短くせよ。さあ我と共に参れ」
「・・・お断りします!」
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セクハラ元就様書いたことも見たこともなかったのでお願いしましたが、これは新ジャンルですね<○><○>カッ
藍子様ありがとうございました!
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