頂き物(キリ番) | ナノ



「あさだぞ!皐月!」

「おはよう松寿。今日も元気だね!」

「うむ!」

「元気なのは良い事です!さあ弘元様のところに挨拶に行きましょー!」

なんてやりとりをしていたのは、私にとっては一週間前くらいの出来事で、元就にとっては20年近く前のこと。
私が池から落ちてなんとかケリをつけ戻ってきた時にはもう大きくなっていたのだ。しかも私より大きい。

そして城に着く前に私は元就と結婚することが決まり、今はその準備期間にあたる。つまり向こうの風呂から私がこっちに戻ってきてまだ1週間くらいしか経ってないってこと。
前と同じ部屋をもらえたのでまたそこで暮らしてるわけだけど、今は仕切りになっている襖を開け放しにしてある。勿論隣の部屋も変わらず元就。この襖を閉めると元就に怒られるのだ、これが。

「朝ぞ、皐月」

「おはよう元就。いつになっても変わらないね」

「?」

「こっちの話」

あの頃かわいくてかわいくてもうどうしようもないくらいかわいかった松寿くん(やや思い出補正あり)は、今や泣く子も黙る詭計智将の毛利元就へ成長してしまったのです。
前みたいにキラッキラした笑顔を向けられることはありません。なんかこう・・・どっかの危ないノート手に入れた高校生っぽいニヤリって感じの笑いはよく見るけど。

「弘元様に挨拶・・・はいいのか」

「いつになっても慣れぬのだな」

「いやまあ、うん。慣れないよねえ」

因みに弘元様は現在義父である広俊さんと一緒に山の方の屋敷に隠居している。
何もお城にいればいいのに、この前久しぶりに会った時にそう言ったら『私たちが城に居ると元就が照れちゃうから』とかなんとか。
まあ親の前でべったりは照れますよね。わかります。

「皐月、朝餉ぞ」

「おお、おいしそう!いっただきまーす!」

元就に声をかけられて皐月は回想をやめた。見れば朝餉の頃合になったのか、元就の座る前には朝餉の膳がある。
次に女中が運んでくる自分の膳を見て皐月は歓声をあげる。基本的に食べることは好きなのだ。

皐月と元就は、前と同じように同じ部屋で二人でご飯を食べる。
本来なら城主の元就に朝餉と夕餉用の大きな部屋があるのだが、大きな部屋で食べるのは慣れないし、そこまでしてもらわなくてもいいかなーなんて皐月があっさり言うものだから、ならば我も、と元就もそれに従った結果である。

「おはようございます」

「さだ・・・とし!」

「なんですかその呼び方は」

「いやなんか・・・すごい歳上になったから今更あだ名かよって思ったの」

呼び捨ての方が問題ありに見える、と元就は思ったが敢えて口に出しはしなかった。
元就とて鬼ではない。というか皐月相手では砂糖菓子もしょっぱく感じるほどの甘さだ。大甘である。

「朝餉の最中に失礼いたしました」

「いや別にいいよ。ね、元就」

「うむ。構わぬ。して、このような時間に挨拶に参るとは、何ぞ用事でもあるのであろう」

「さすがです、元就様」

私ほどでもないけど大概貞俊も元就好きだよな、というツッコミを、皐月は心の中にしまった。言わなくてもいいことは言わない主義である。
貞俊は36歳になるが関係としては皐月の義理の弟になる。タイムトリップをしたせいでややこしくなってしまったが。

「今日は港に商船が着ているそうですよ」

「デジャヴ・・・!」

「ふむ、皐月」

元就の声のニュアンスが『我城下行きたい』だとすぐにわかった皐月はあわてて首を振った。
この流れはまさしく自分が平成に帰ってしまったときの会話とほぼ同じである。

「いやだってこれ前にもあったよ元就。私帰っちゃうフラグだよ」

「ふらぐとは知らぬが皐月、城下を見てみたいとは思わぬのか」

「思うけどさ・・・あ、そうだ!さ、貞俊も一緒に行こうよ」

なおも食い下がる元就に困った皐月は、横で笑みを崩さない貞俊に話を振った。さすがにこの流れで何か言われると思わなかった貞俊は一瞬固まった。

「・・・・・・私ですか?」

「うん。だってこないだ一緒に行けなかったでしょ?」

「およそ二十年程前ですがね」

「うんまあそんな感じ。でもほら、一緒に行こうよ、楽しいよ」

また元就が襲われたらどうしよう!と、戦国武将である元就を完全に戦力として見てない皐月に貞俊は思わず吹き出しそうになった。そしてずっとだんまりの主を少し見てから、おなじみの表情で皐月に言った。

「この貞俊としましても、姉上である皐月殿と一緒に城下町に行くのは非常に楽しみではありますが、やはり今日はご遠慮いたします。元就様が拗ねておられますゆえ」

それでは、と締めくくると貞俊はさっさと部屋を出て行ってしまった。
ちらりと元就を見ると、彼は思いっきり眉間に皺を寄せて黙々と膳のご飯を食べていた。
周りが見れば怒っているように見えるその表情だが、皐月にはすぐにわかった。貞俊も言っていたが拗ねているのだ。
昔と全く変わらない表情だったので皐月は思わず声にだして笑ってしまった。今度こそ不機嫌になった元就が皐月を睨む。

「ご、ごめんって!ほんっと変わらないね」

「・・・貞俊はいらぬ。我は皐月と城下へ行きたかったのだ」

「はいはい。ごめんって。ご飯食べたら行こうよ。髪の毛伸びてきたから簪買わなきゃ」

ぼそっと出てくる拗ねた本音に皐月はくすくす笑った。やはり彼は昔から何一つ変わっていない。


そして朝餉も終わり、皐月は着物を着て元就と城下町を歩いていた。
この時代は活気があって良いと皐月は思う。皐月の時代は良くも悪くも人には距離感があったし、礼儀や常識という壁がとても厚く感じた。
ところがここはどうだろう。知らない人なのに親しげに話しかけてくれたり、道行く人も心なしか暖かいように見える。

「嬉しそうだな」

「うん、やっぱり私にはこの時代があってるなーって思って」

「当たり前ぞ。何を言おうが帰るなど許さぬ」

「それこそ当たり前だよ。帰るなんてこれっぽちも考えてないって」

今日ばかりは元就も質素な物を選んで着ているので視線もあまり気にならない。とはいえここは毛利のお膝元、気付かれないはずがない。
店で品物を見れば店主に頭を下げられ甘味屋で茶の飲み団子を食べれば今後もご贔屓にとこちらでもぺこぺこ。

「・・・今更だけど元就ってすごい人なんだよね」

「ああ、今更だな」

「・・・・・・・」

そう、今まで皐月は『城主の息子の松寿丸』そして『成長したので元就』という感覚でしか居なかったのだが、彼は国主でもある。
そんな人物の妻に自分が最有力候補になっているのだ。事は割と重大である。そこにやっと気付いたことも問題ではあるが。
黙り込んだ皐月を元就は見逃さなかった。

日も暮れてきた頃、皐月が今日見て回った中で一番良いと思った店で簪を買うことにした二人はその店に向けて歩いていた。
なんとなく元気のない皐月と、黙る元就。特に喧嘩をしたわけでもないのだがどうにも気まずい。

「あ、元就、私先にお土産買ってきてもいい?今日貞ち、貞俊が城主名代で仕事してくれてるんでしょ?」

「如何にも」

「貞俊って何好きなんだろ。まんじゅう好きかな」

「嫌いではないであろう」

「じゃあ買ってくるね!ちょっと待ってて!」

そう言って皐月はくるりと背を向けて背後の甘味屋に入ってしまった。因みに目指していた簪を売っている店は目の前にある。
元就はすたすた歩いて店先で簪と櫛を買った。城主の二度の来訪に店主がぺこぺこしているがそれにあまり気にしたふうでもなく、元就は勘定を済ませて皐月の入った甘味屋の前で待った。



一方こちらは無言の空間が気まずくなり、お土産を買うと言って逃げてきた皐月である。
昼間のちょっとした会話から、自分が今どういう立場になろうとしてるのかを考え冷や汗をかいた。

「いや・・・私元就のこと好きだけど国主の奥さんとか絶対できないよ、無理だよ」

ぶつぶつつぶやきながら店の中でまんじゅうを選ぶ。心ここにあらずな皐月に店員が心配そうにしていた。
そんな皐月の耳に入るのは甘味屋の客どうしの会話である。

「ここ最近殿様も穏やかになられたと専らの噂だな!」

「なんでもご正室を迎えられるそうだぞ。なんでも福原様の姫様で、殿様の幼き頃の教育係だった姫の縁者だとか」

「それなら納得だ。教育係だった姫様に子供だった殿様は大層なつかれていたようだったからな」

「穏やかになられたのもそんな姫様のおかげかもしれんなあ」

これは明らかに元就とほか2人の話だ。因みにそのほかの2人とは過去に居た皐月と、今ここにいる皐月、という意味である。
さすがに年齢がありえない、ということで帰ってきた皐月は、松寿丸の教育係をしていた過去の皐月の縁者ということになっている。
まさかここまで噂になっているとは思わなかった。思えば城の兵士はよく城下に行っていたのでその時の話が広まったのかもしれない。何度か松寿丸と城下町にに来たこともあるくらいだ。直接見たという可能性もある。

皐月はその話を聞きながらまんじゅうを受け取ると、少し気分がよくなった。それと元就にも少し申し訳ないことをしてしまった。
早く戻って謝ろう、そう思って店を出た皐月の目の前には元就。出鼻をくじかれた気分である。

「お、お待たせ」

「皐月、これを」

そう言って元就は皐月の手からまんじゅうを受け取り、代わりに今自分が買った簪と櫛を渡す。これは紛れもなく皐月がほしいと言っていた簪である。
皐月は驚いたようにそれを見ると、嬉しそうに髪につけた。

「ありがとう」

「そうやって笑っておる方が良い。我に皐月が不釣り合いなどありえぬ。皐月でなくてはならぬから我は今まで皐月を待っていたのだ」
「・・・私が何を考えてたか、知ってたの?」

「皐月のことで我が知らぬことがあったか?」

そう言って少し笑った元就に、松寿丸の面影が重なって見えた。皐月は思わず目を見開いた、が、すぐに満面の笑みになった。

「ないよね!」

「当たり前だ」

「帰ろうか、元就」

皐月がそう言うと、元就は空いている方の手で皐月の手を握った。皐月もそれを握りかえす。

ほらやっぱり。何もかわってない。


メランコリックにちりん





大分前にTHIS IS LOVE様で頂いたものです。元就様かわえぇ。



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