君だけがいれば、それで良かったのに





だから、人間は嫌いなんだ。





「明日、トレーナーになれるんだ。だから、明日の昼に迎えに来るからね」
へらりと笑ったその人は僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でて去っていく。足取りは軽くトレーナーになるのが本当に楽しみなのだとわかった。
その人…いや、僕のマスターになる人だからマスターかな。マスターはよく僕が住んでいるトキワの森に遊びに来る。僕がマスターと出会ったのは偶然だった。本当に奇跡みたいな偶然。トキワの森でもあまり人間に姿を見せないピカチュウという種族、それが僕だった。僕が偶々草むらから出ると偶々通りかかったマスターがいたんだ。マスターは僕を見て目を輝かせて僕を撫でようとしてきたけど、その当時僕は野生ポケモンで人間なんて嫌いだったからすぐに逃げた。なんとなく気になって振り返るとマスターは悲しそうにこっちを見ていたけど、そんなのは関係ない。だってその時、僕は人間が嫌いだったからだ(理由は…まぁ、色々だ)。
でも何故だかわからないけれど、僕とマスターはよく遭遇した。僕が草むらから飛び出すとマスターがいる。マスターはその度に僕を撫でようとする、それを僕は逃げる。そんな日々が続いた。先に折れたのは、僕だった。
あまりに毎回撫でようと躍起になってくるから、僕は仕方がなくその日はじっとしてたんだ。頭に少し震えてる手が乗せられる。左右にくしゃってひと撫でされてすぐに手は離れた。少しだけ、ドキドキした。
マスターを見ると初めて出会ったときのように目を輝かせて、そしてちょっぴり涙を浮かべていた。その顔があまりに不細工だったから頬の電気袋をパチパチいわせながら盛大に笑ってやった。
マスターも、そんな僕を見て嬉しそうに笑った。なんだか胸が暖かかった。その日から、マスターと僕は仲良くなっていく。木に登ったり木の実を食べたり、間違えてポッポの縄張りに入ってしまって大量のポッポに追いかけられたり。気がつけば僕はマスターがいないと何も楽しくなくなってたんだ。マスターといることが、楽しくて仕方がなくなっていたんだ。
だから、マスターがトレーナーになって僕を迎えにきてくれるって言ってくれて、僕は柄にもなく喜んだ。
明日、明日マスターが迎えに来てくれる。僕はマスターの隣で笑って、旅をして、ずっとずっとマスターの側に…―――!
空が白み初めるまで僕はその場を離れなかった。マスター、マスター!早く来てよ、僕を迎えにきて。早くマスターと旅がしたいよ!

でも、太陽が僕の真上に来ても、マスターは来なかった。どうして。

日が沈んでもマスターは来ない。僕はよくマスターと一休みをした切株に腰かけて月を見上げた。大丈夫、マスターはマイペースだからきっとゆっくり準備でもしてるんだ。きっと、そうだ。明日になれば来てくれる。いつもみたいにキラキラした笑顔で笑って「お待たせっ!」て言うんだ。そうだろう?マスター。
次の日は土砂降り雨が降った。僕は切株から大木の下に避難した。時々雨粒が僕に降りかかって冷たかったし寒かったけれど、我慢した。僕の隠れ家に行けば雨粒をしのげる。でも、そうしたらマスターが僕を見つけられないから。マスターと約束したから。マスターは、僕を、迎えに来てくれるんでしょ?

閉じていた目を開けると、朝日で葉についた滴が光ってる。いつの間にか寝てしまったみたいだ。そして、マスターは、まだ来てくれない。来てくれないなら、僕が行ってしまおうか。僕は立ち上がると濡れたまま走り出す。前にマスターはトキワシティに住んでるって聞いたし、トキワシティなら一本道だから迷わない。途中何人かのトレーナーが僕を捕まえようとした。それを避けつつ僕は走る。マスターの家なんて知らないけど、家っていうものは匂いが染み付いてるからわかるんだ。トキワシティに着いて、辺りを見渡す。ふいに視界の端に黒い服を着た沢山の人間が写った。そこから、ふわりとマスターに似た匂いがした。嗚呼マスター、マスターの匂いがする!
走り続けて痛む足に鞭を打ってその場に駆け寄ると、家の中から大きな黒い箱が出てきた。そしてそれを囲み涙を流す人間たち。ふと一人の女性が僕を見て目を見開いた。そして隣の男性に話しかける。
「あなた…!あのピカチュウ、もしかしたらあの子がよく話していた…!」
男性も僕を見て目を見開き、そして涙を流した。男が泣くなんて、格好悪い。それより、僕のマスターはどこ?周りを見渡してもマスターはいない。匂いだけが、残っている。暫く見渡していたら、女性が俺に近づいてきて俺と目線を合わせようとするようにしゃがみこんだ。
「ごめんなさい、ピカチュウ!ごめんなさい…!あの子は、もういないの」
なに、どういうこと。マスターは、いないの?僕を置いて、行ってしまったの。…迎えに来るって、言ったじゃないか!!!

沸々と怒りが沸いてきて、僕は伸ばされた女性の手を振り払って走った。マスターは、僕を裏切ったのだ。僕を迎えに来るって言っておきながら、僕を置いていったのだ。僕を置いて違うポケモンと旅に出たんだ。
走りながら、止まらない涙に自分が酷く傷付いたことを知った。嗚呼ほら、だから駄目だったじゃないか。周りのポケモンが言っていた「人間は嘘つき」という言葉を信じていれば。溢れた涙は止まらない。拭う気にも、ならない。

マスターに撫でられなければ良かった
マスターに心を許さなければ良かった
マスターと出逢わなければ、良かった

でも、それでも。

僕は立ち止まる。気がつけばマスターと出会ったあの草むらに来ていた。通り過ぎる風が草むらを揺らす。脳裏に焼き付いて離れないのは、マスターの笑顔だった。太陽みたいに輝く、マスターの笑顔。

裏切られても、嘘を付かれても。それでも、僕はマスターが大好きだった。








2011.1.9
やってしまった…/(^O^)\
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