笑ってよ



少年は言った。一人になるのが怖い、置いていかれるのが恐ろしい、と。だから俺は言った。君を一人にはしない、置いていかないから、と。少年は今まで見たことがないくらい綺麗に笑った。花のように綺麗に笑った。


「なぁ幸村、お前さん死ぬんか」

病院独特な薬品の匂いと、真っ白な世界に包まれる。ベッドに横たわったまま隣に佇む俺よりずっと青白い顔をした少年を見た。この部屋と同じ真っ白な髪をした少年の表情は見えない。少年はただ俯いているだけ。

「このまま冷たくなるんか」

俺は答えない、いや答えられない。俺は死ぬの?そんなの知らない。嗚呼でもテニスしたいな。死んだらテニス出来ないね、それはちょっと悲しいかな。

「仁王」

俯いていた少年は顔をあげる。泣いているのかと思ったら反対に全くの無表情で少しだけ安心した。だって泣いてたら気まずいし、それに仁王の泣き顔なんて見たくないから。
ほら、ねぇ。いつものように不敵に笑ってみせてよ、いつものように俺にだけ本当の笑い顔を見せてよ、ねぇ。

手を伸ばして彼に触れようと思うのにこの腕は何故かまったく動かない。倒れたばかりの時みたいに身体中が引き裂かれるような痛みはないけれど今は体が鉛になってしまったみたいに重い。

「仁王」

口だけは思うように動くのに言いたいことが出てこない。そうしている間にも仁王は無表情のまま俺を見ていた。ふと仁王の手が動いて俺の頬に触れる。

「あったかい」

当たり前だよ。俺、まだ生きてるから。…まだ生きてるよ仁王。

「…っ一人はいやじゃ」

今まで無表情だった顔が初めて崩れた。大粒の涙がボロリ、ボロリと流れ落ちシーツを濡らす。
今すぐその涙を拭ってその細い体を抱き締めてやりたい。頭を撫でて「大丈夫」と囁いてやりたい。
…でも、動かない。体が動かない。

「好きじゃ、幸村だけが好きなんじゃ…!」

俺もだよ仁王。
俺も、君が、好きだ。
眉を寄せ唇を震わせる姿が愛しくてたまらない。

入学して、テニス部に入って、初めて君を見た瞬間から君が好きだ。他人を拒絶する君のその一線を踏み越えて君に触れたいと思った。消えた表情を取り戻してやりたいと思った。何千といる人間の中から俺だけを見てほしいと思った。俺の腕の中で震える君を、守りたいと思った。

「死なないで…!」


絞り出すようにか細い声で仁王は言った。聞こえるか聞こえないか、そのくらい小さな声で呟いた。

少年は言った。一人になるのが怖い、置いていかれるのが恐ろしい、と。だから俺は言った。君を一人にはしない、置いていかないから、と。

「仁王を一人にはしないよ、ずっと側にいる。」

一人にしない、置いていかないと誓うから。だから君はずっと俺の隣で笑っていればいいんだよ。

「愛してるよ、雅治」






2010.3.14
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