赤い糸は途切れている



カランと下駄の音が響いた。だがそれも歓声やざわめきにすぐ掻き消される。俺はいつもは感じない下駄の重さを感じながら今試合をしているコートが見える場所まで来た。
そこは、観戦席の端。観戦するには不向きだ。だが俺にはちょうどよい。
見えるのは少しで良いのだから。
コートの中では、銀色が舞うように走り回っていた。

「…雅治…、」

呟いた声はまたもや歓声で掻き消される。雅治が点を入れたのだ。面白い試合だ、いつもなら食い入るように見る試合も、今は遠くまるで間接的に見ているかのようだった。
雅治は、俺にとってかけがえのない存在と言っても過言ではなかった。ふらりと現れた雅治は、俺の心をかき回すだけ掻き回して俺の側から消えた。
背の高い俺を時折見上げてはにんまりと猫のように笑う。もうその笑顔も薄れて消えてしまいそうだった。
ふと下を見ると薄汚れた赤い糸が落ちていた。捨て置かれ踏みつけられて、黒く汚れた赤い糸。


『…ん?雅治、何しとっと?』
『赤い糸、結びよるんよ』
『赤い糸?どげんしてそないなこと』

長く細い指先で器用に俺の左小指に赤い糸を結ぶ。そしてその端のもう一方を自分の左小指に結んだ。

『これで、ずっと一緒じゃ』

嬉しそうに笑い小指を見つめる雅治を抱き締めて、布団にタ折れ込みそのまま眠った。目が覚めた時にはもう糸はほどかれていたけれど、俺はずっと赤い糸で繋がっているような気がしてならなくて。
…けれど、そんなもの幻想に過ぎなかったのだと思い知らされたのはそれから一週間後。
雅治は姿を消した。何も言わず俺の側から、居なくなった。必死に探し回って、噂で知ったのは転校したということ、両親の仲が悪く母親が離婚し新しい男と再婚するためこの土地を離れたということだけだった。雅治は、そのまま母親に着いて行ったらしかった。

「(もう手も声も届かんばい)」

呪文のように何度も頭の中で名前を呼ぶ。改めて試合をしている人物、雅治を見ると最後に見た姿より数倍も大人になっていた。そこには、俺の知らない雅治がいた。


赤い糸は途切れている






















本当に突然だった。何気なく見上げた観客席の端にその人はいた。今まで一度足りとも忘れたことなどなかった。あの時、俺は自分の身勝手さで千歳を手放し、そしてそのことを酷く後悔した。子供だったから、なんて言い訳だ。あのときの俺は無条件で愛されることを知らなかった。千歳が好きだった。でも父親にも母親にも見放されて、いつ、千歳にも見放されるかと考えたら気が狂いそうで。そうなる前に自分から離れた。千歳から離れた。俺は、馬鹿だ。

「…ち、――…、」

名前を呼ぼうとして、止めた。今更何を言うというのだ。ここで呼んでも意味がないというのに。
千歳は、あの時結んだ赤い糸を、覚えているだろうか。赤い糸は途切れてしまったけれど、千歳の心にまだ残っているだろうか。俺は一瞬だけ目を閉じたがすぐに対戦相手を見据えた。目の前が僅かに揺れているのはきっと気のせい、だ。

なぁ千歳。俺は、俺はまだお前さんのことが、







2010.11.20
今私の中で切ないちとにおがブームです(^▽^)


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